30話:友達
リリィは、彼に背を向けると、ルナの元へ走った。ルナまでは20mと離れていなかった。しかし、今はその距離が長く、もどかしかった。
「リリィ!」
激しい戦いの末、その場に倒れ込む小さな体を、ルナが慌てて支える。
「ルナ、最後の投擲完璧だったよ。」
リリィは、体中の火傷をものともせず、笑った。
「どうしてリリィはいつも私を守ってくれるの?」
ルナは、リリィの目をじっと見つめながら問いかける。頬の火傷の跡に、そっと手を触れる。
リリィの瞳が光の形を映し出す。
「大好きな友達だから。それじゃダメかな……?」
ルナは、抱きしめたリリィの震える体に、自分の体温を分け与えるように、さらに強く抱きしめた
二人を、青白い柔らかな光が照らす。
いつしか厚い雲は晴れ、満月が二人を見守っていた。
沈みかけの船から見た光は。
満月だったか、稲妻だったか。
それすらわからず、しかし、確かにこの瞬間だけは。
羅針盤は自らその針を影に溶け込ませ、姿を消していた。
二人は、焼けた地面にどちらからともなく座り込むと、お互いの肩にそっと寄りかかった。
リリィは、満月を見上げるルナの横顔に、静かに視線を留めた。風に揺れる金色の髪が、月の光を浴びて、淡く輝く。赤い髪飾りの輪郭が滲む。
「ルナ……。月、綺麗だね。」
繋いだ手は脱力したまま、指の一つ一つが、ただ温度だけを伝え続ける。
ルナはリリィの身体を改めて見つめた。
傷だらけの身体。
それでも、群青色の瞳に映っているのは……。
桃色のペンダントが遠くなり近づく。
「私、来年もリリィと見たい…約束だよ!」
ルナは、やっと、その言葉を絞り出した。
「うん……!」
その日、二人は、新たな約束を交わした。
アークは、倒れたまま王立治療院での会話を思い出していた。
『カイ様。私のような能力の制御もままならない人間を近衛兵になどと、お戯れはおやめください。』
『アークはあと一歩のところまで来ているよ。守るべきもののためならお前はもっと強く在れるはずだ。』
地面に転がった一本の短剣と、熔解した自分の刀の残骸を交互に見比べる。起き上がる体力もなく、その手は誇りに届かない。
数分後、カイが到着した時には全てが終わっていた。
彼は、地面に残る雷の痕跡を辿った。その痕跡が途切れた場所に、二人の少女が寄り添いあって座っていた。
彼は、大きく、深く、息を吐いた。
「ルナ。君は直ちに王宮で保護する。リリィも一緒に来てくれるね?」
ルナとリリィは、互いに顔を見合わせて頷いた。
カイは、二人の前に静かに膝をついた。地面にそっと手をかざす。大地から、細かな砂が湧き出し、砂のベッドを形作る。二人は、ふかふかの柔らかなベッドに身を投げ出した。
次に、彼は、地面に残る灼熱の痕跡を辿った。その痕跡が続く場所に、一人の青年が倒れていた。
「アーク。雷は関係ない。子供たちは皆、私たち兵士が守るべき、仕えるべき存在だ。」
アークは、右手で目元を覆い、かすかに肩を震わせた。
「私にとって仕えるべきは、ただ一人、雷神王リディア様です……!ですが、彼女らにも守りたいものがあったのですね。」
周囲の大地は夜の冷たい空気に触れ、凝固していた。
「カイ様、私は守るべき民を傷つけました。私を拘束してください。」
「……私は消火に能力を使いすぎた。今の体力ではルナとリリィを運ぶので精一杯だ。アーク、お前は自分の足で歩けるな?」
カイは煤と泥にまみれた軍服を手で払うと、2人だけを連れて王宮へと踵を返した。
彼は、いつの間にか、遠く離れていたはずの刀と鞘が、自分の近くに転がっていることに気づく。
「はい……っ!」
ゆっくりと立ち上がる。
刀身のほとんどが失われた刀を鞘に収め、腰に下げる。
硬い大地を踏みしめて、彼は歩き始めた。




