29話:決着
リリィは、ルナを抱え、焼け焦げた木の背後に身を隠していた。木の陰から、アークの腕と泥濘んだ足元を見つめる。
「アーク君の体も負担が大きいんだよね?こんなの……もうやめようよ……」
アークは自分の熱で爛れた腕を見つめる。
(私は、何を……。冷静になれば、あのような少女一人。)
「敵の心配ですか。リディア様のお役に立てるならば、こんな身体どうなろうとも構いません。甘いだけでは何も守れない!!!」
「これで、終わりです。」
アークがゆっくりとその手を掲げる。膨れ上がり続ける灼熱が唸りを上げる。
「私がアーク君の攻撃を引きつけるから、ルナはこれを、」
リリィはルナに耳打ちをしながら短剣を差し出した。ルナはベルトを覗き見る。ホルダーにはもう短剣は残されていなかった。
「リリィ……」
心配そうな声で名前を呼ぶ。
リリィはずっとポケットに入れていた桃色のペンダントを取り出すと、その身につけた。
「大丈夫!ルナが私を守ってくれるんでしょ?」
「うん、わかった!!」
ルナは、短剣を強く握った。
使い込まれて薄くなった持ち手。研ぎ澄まされ、刃毀れ一つない刃。
リリィは、木の陰から飛び出すと、アークから見て九時の方向に走り出した。
「アーク君!私ね!さっきまでセレスさんに捕まってたんだ!」
彼は構わず、その手をルナに向ける。
リリィは立ち止まり、小さく息を吸った。昨夜の感触を噛みしめるように、手をきつく握りしめた。
「私は、昨夜、リディア様を……」
『殺した』
一陣の風がリリィの声をかき消した。
しかし、彼はその唇の動きをはっきりと捉えていた。
(雷の能力者はこの世界にただ一人。それでは!あの少女が目覚めたのは……)
アークが全身から咆哮を上げる。
その身に纏っていた熱の結界が全て、灼熱の渦となって、リリィに押し寄せる。視界を覆うほどの灼熱に怯まず、彼女は拳を振りかぶった。
その時、ルナが、右腕を迷いなく振り抜いた。
短剣がアークに向かって一直線に飛んでいく。
(お願い……!!)
しかし、アークは、それを見向きもせず、ただ最小限の動きで、首を傾けてかわした。短剣は、何の抵抗もなく、彼の肩の服を僅かに掠め、空を切って通り過ぎる。
刹那、その短剣が消え去った。
“そこ”には一人の少女が拳を振りかぶって立っていた。
(やっぱりアーク君は攻撃するとき、周囲の空気の層が薄くなる!!)
今、アークの周りに身を守る熱の結界はない。それでも、彼の存在そのものが、触れるものを灼き尽くす熱を放っていた。
リリィは左腕で、アークの頬を打つ。触れた拳が、じゅ…と焼ける音がする。
痛みで食いしばる歯、強張る体、それすらも力に変えて、拳を振り抜いた。
アークはゆっくりと、しかし確かな音を立ててその場に倒れた。
リリィはその場に屈んで、アークに話しかける。
「ごめんね……。あなたの気持ちを利用したズルい作戦で。リディア様は生きてるよ。」
「いえ、見え透いた嘘に騙された私の落ち度です。戦いに卑怯などありません。」
彼はただ敗北を認めていた。咎める素振りすら見せないそれは、かえってリリィの胸をしめつけた。
「アーク君、私は……。」
中庭で肩を抱かれた温かさを思い出す。
胸に突き立てた刃の冷たさを思い出す。
牢屋で触れた手の温かさを思い出す。
楽になるための懺悔など許されるはずがなかった。
口を噤んだリリィに、アークは静かな声で言った。
「あなたは今、私を殺すべきです。体が動くようになれば……私は、またあの少女を狙います。」
「……”また”、一緒に修練場で訓練しようね。あ!でも次からは手加減禁止だよ!」
アークの周囲には、未だに戦いの熱気が残っていた。しかし、リリィのどこか悲痛な声が響いた瞬間、その熱気は、まるで夜露のように冷たい空気に変わっていった。




