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チート級転移能力で無敵の敵国王の懐に潜入した少女スパイ~友情を裏切り王を討つ日~  作者: 重井 愛理
一章

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28話:勇気

 ――その頃。


(周囲の気温が……。また、能力を暴走させているのか!)


 カイは森の奥から立ち上る熱気に気づいていた。


「カイ様!消火は我々にお任せください。」


 王宮から駆け付けた衛兵が叫ぶ。


 彼は爆心地へと急いだ。




 ――灼熱の波動がルナとリリィに殺到する。


 その時、アークの頭上から、幹と見紛う程の巨大な枝が落下し始めた。


 大樹は、そのほとんどが消失し、僅かに残った幹の一部も傾いていた。

 その一本の枝が音もなく折れ、焼け焦げた煤が確かな質量をもってアークに降り注ぐ。


 アークは気配を察して、上空を一瞥すると、視線を正面の少女に戻した。

 煤が灼熱の結界に触れ、熔けようとしたその時、彼の脳裏にリディアの横顔が浮かんだ。


(いや、ダメだ!!この木は!!!)


 アークはそこから飛び退いた。


 熱でぬかるんだ足元に体勢を崩し、地面に手をつきベシャリと倒れ込む。


 直ぐに立ち上がろうと、手を付いた部分から更に地面が熔け始める。

 ルナ達を狙っていた灼熱の波動は逸れ、ルナの腕を掠めるに留まった。


 地面に向かって落ちる枝をアークとルナが見つめていた。


(おじいちゃん……)

(リディア様……)



 ――半年前、修練場


『こんな夜更けまで、ご苦労様。けれど、無理し過ぎもよくないわよ。』


 静まり返った修練場で剣を振っていたアークは、声の方向へ振り向いく。

 顔を見るより早く、跪く。


『リディア様…セレス様…!!お目汚しを。未熟に過ぎるこの身に休む時間などございません。』


『顔を上げて。』


 リディアは、彼の手から滴る血を見つめると、遠くファルムの森を指差した。

 促されるようにアークもその方向を仰ぎ見る。


『其は、天霆の大樹。魂の還る場所。』


 凛とした声。


『建国記の一節よ。私は辛いことがあったとき、よく大樹の下に行くの。』


 リディアは慈愛に満ちた瞳で微笑みかける。


 『あなたの頑張りは、きっと天霆の大樹に…お父様とお母様にも届いているわ。そう卑下しないで。』


 父と母の名にアークは目を見開いた。


『…リディア様……。私のことを…?』


『えぇ、カイがよく言ってるもの。今年の新兵には凄く優秀な子がいるって。私も期待しているわ。』


 アークはその場に跪いたまま動けなかった。

 初めて至近で見る雷神王の気高き御姿に、静かに見惚れていた。




 ――数年前、王立治療院。


『おじいちゃん…』


 ルナは泣き腫らした目で祖父の顔を見つめる。


 やせ細った体と変色した肌は、既に残された寿命が幾ばくもないことを物語っていた。


『天霆の大樹はな…。エレクシアの…ご先祖様達の魂が宿る場所とされてるんじゃ。じいちゃんはもう長くない。でも、これからもずっとルナを大樹から見守っておるからな…』


『私、約束…する…!絶対にその木を大切にするからね!だから、おじいちゃんもずっと傍にいてね……。』


 ルナの目から涙が溢れ続ける。


『私…おじいちゃんがいなきゃ…』


 祖父は、首を縦には振らず、骨ばった手で優しくルナの頭を撫で続けた。

 祖父の脳裏には、いつも一人でブランコで遊ぶルナの姿が浮かんでいた。


『ルナの涙を拭ってくれる手が、必ずある。その手を、決して離すんじゃないぞ。』




 ――現在。


 地面に向かって落ちる大樹の枝をアークとルナが見つめていた。

 刹那、二つの視線が交差した。


「私は、リリィと一緒にいたい!!」

「私は、リディア様をお守りする!!」


 二つの声が夜の闇を切り裂くように響いた。


 アークの纏う灼熱がその両腕に集約されていく。


 ルナは腕を焼いた灼熱など、気づいていないかのように、ずっと握りしめていた右手を開いた。

 “それ”で素早く髪を束ねる。


 アークは、燃え盛る瞳でルナを見据えると、地面を力強く蹴り、一気に距離を詰める。その足取りは、熱気でぬかるむ地面をものともせず、峻厳な一歩だった。


 彼の掌は灼熱の力を帯び、擦れる空気が悲鳴を上げた。純粋な熱の塊と化した掌がまっすぐとルナに襲いかかる。


「ルナ!危ない!!」


 リリィが悲痛な声をあげる。しかし、ルナの青空のように澄んだ目は『大丈夫』と告げていた。


『まずルナは目を瞑っちゃうとこから直さなくちゃ。』


 訓練でのリリィの言葉を反芻する。

 ルナは掌底から目を逸らさずにじっと見据える。


(今っ!)


『それで、攻撃を引きつけて……こう!』


 ルナの肩を優しく押すリリィの手の感触を思い出す。

 ルナは上体を反らして攻撃を避けた。

それは、風に舞う可憐な花弁を思わせるしなやかな動きだった。彼女の髪が、焼けるような熱気で僅かに逆立ち、頬を汗が伝う。



 

(私の掌底が、こんな子供に!?)


 歯ぎしりをしながら、熱で熔けた不安定な地面を踏みしめる。ルナは紙一重で連撃を躱し続ける。


 泥濘む足元と、熱で歪む視界がアークの掌底を狂わせていた。


(この動きは、私の……。でもこのままじゃ防戦一方だ。)


 リリィは、頭の中でルナの動きに自分のそれを重ねる。


(考えるんだ!私にできることを!!)


 ルナが、熔けた大地に足を取られ、バランスを崩す。

 その瞬間、リリィが二人の間にアークが捨てた刀を投げこんだ。彼の足元で刀が熔ける。


「くっ!!」


 彼は足元の泥濘に体勢を崩し、片膝をついた。その隙に、リリィは地面に降り積もっていた灰を蹴り上げて目眩ましを狙った。


(私の刀が……!いや、今優先すべきは!)


 アークは素早く周囲を見渡すが、既に少女たちの姿はなかった。

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