24話:対峙
リリィは、地下牢に捕らえられ、セレスの尋問を受けていた。
セレスはただ冷静に感情のこもらない声で語りかけた。
「あなたに雷神王の暗殺を命じたのは誰ですか?」
「……。」
セレスは、彼女の両手足に嵌められた枷を一瞥する。
「あなたを捕らえておくには、常に私がそばにいる必要があります。ですが、私も人間です。ずっと起きていることはできません。そして、凶行に及んだ者を逃がすことはできません。このあと、あなたはどうなると思いますか?」
「……。」
「……意地悪な質問でしたね。あなたが生きるには、全て話し、抵抗の意思がないと示す他ありません。あなたはまだ子供です。事情次第では。」
「……。」
セレスの脳裏に、お風呂で小さく体を丸める少女の姿が浮かぶ。蒸気で濡れた肌に隠しながら、あの時、確かに彼女は泣いていた。
「リリィ。あなたは以前言っていましたね。秘密を隠したまま友達と接するのは苦しいと。」
「…………ルナ……。」
「気が変わったらいつでも話してください。私も、あなたが優しい子だと知っています。……殺したくはありません。」
それ以降、セレスは一言も声を発さず、ただじっとリリィを見つめていた。
太陽が昇って降り、周囲が暗くなってもリリィは何も話さなかった。
その時、地下牢の扉がゆっくりと開いた。入口付近からカイの声が聞こえる。
「こちらです。私は外で待っています。」
地下牢に入ってきたのは、リディアだった。彼女はリリィの前に立つと、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
(そんな……なんで、生きて!?)
リディアは静かに口を開いた。
「リリィ、貴方の目的は私を殺すことだったのね。その可能性を考えてなかったわけじゃないけれど。」
リリィは黙秘を貫く。
「カイから聞いているわ。貴方は、街でも困ってる人をよく助けていたと。重い荷物でよろめくおばあさん、大切な指輪無くした若い男の人。」
その言葉は、リリィの心を深く抉った。
「全て、”目的”のために必要だったの?そんなわけないでしょう?」
リディアは声を震わせながら続ける。
「貴方が望んでこんなことをしたとは思っていない。真実を話して……!私は……!リリィの力になりたいの。」
沈黙が流れる。
それはリリィにとって、真綿で首を絞めるような、温かく残酷な尋問だった。
彼女の心が揺れ動く中、突如、王都の空が、まばゆい光に包まれた。
「……っ!」
セレスは、リリィを拘束したまま、窓の外の光景に目を奪われた。牢の天井にある窓から、強烈な光が轟音とともに差し込んできた。
「あの光は……ファルムの森の方向から……」
リリィの心臓が激しく脈打った。この光と音は、ルナのいる森の方向から来ている。彼女と交わした約束が鮮明に蘇る。
満月の夜に会おうと。
外で待機していたカイが飛び込んできた。
「リディア様!!!天霆の大樹近くで巨大な落雷が!!」
呼吸を整える間もなく、言葉を吐き出す。
「……今はまず……正確な情報を得ることが先決よ。」
リディアは感情を押し殺した声で言った。その手は、胸の稲妻の紋章に強く押し当てられていた。
「私が今直ぐ現場を見てまいります。」
カイはそれだけ言うと大樹に向かって飛び出していった。
「…………天霆の大樹?その下には、ルナが……!!」
リリィが叫ぶ。
「ルナ……ルナ……」
力なく名前を呼び続ける。
「リディア様!こんなの私が言えることじゃないのは分かってる。」
「私の……私の能力は、魔力をこめた物と私の位置を入れ替えること。生き物以外なら、何でもいい。ファルムの森には目印を付けた石が残ってる!」
リリィは自身の能力を詳細に明かした。
「お願い!私をルナの所に行かせて……!もしかしたらルナは無事かもしれない……今直ぐ行けば、まだ助けられるかもしれない。」
それは胸が張り裂けるような悲痛な声だった。
「何を勝手なことを!あなたが先刻何をしたか!その口で言ってみなさい!」
セレスが激昂する。それはリディアにとっても初めて見る側近の表情だった。
リディアの静かな声が、牢屋の中に響く。
「セレス、手を離してあげて。」
セレスは、僅かに冷静さを取り戻すと、改めて否定する。
「リディア様!そればかりはご命令と言えど承服できかねます。彼女はまだ何も話していません。」
リディアはただ繰り返した。
「大丈夫だから、信じて……。」
セレスはリディアの胸を見つめた。昨夜、確かにそこから止めどなく溢れ出た赤。彼女はリディアの胸の痛みを思う。
倒れゆく表情は、悲哀に満ちていた。
痛んだのは身体だけだったのだろうか。
セレスはリディアの瞳を見つめた。七年前交わされた誓いが、今もその瞳を、命を燃やしていた。
彼女はゆっくりと頷いた。リリィの拘束が解かれる。
リディアは小さな手を取り、包み込む。
「リリィ、ルナのところに行ってあげて。」
「リディア様……ごめんなさい……。ありがとう!」
リリィは、その手をしっかりと握り返した。
次の瞬間、少女の姿が掻き消えた。そこには、ファルムの森の石だけが残った。




