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チート級転移能力で無敵の敵国王の懐に潜入した少女スパイ~友情を裏切り王を討つ日~  作者: 重井 愛理
一章

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23話:覚醒

 厚い雲が空を覆い、満月の柔らかな光を遮る。


「リリィ…。もう何もできないのは嫌だ…」


 髪飾りを握りしめる右手に、力がこもる。シルフが今度ははっきりとした苦痛の悲鳴を上げたがルナに届くことはなかった。


 彼女の意識は、既に自分の内なる世界へと沈み始めていた。

 そこは、何もかもが闇に包まれた、孤独な空間だった。豊かな緑も、小動物の声も、祖父との思い出も、すべてが闇に塗りつぶされている。

 彼女は、その闇の中で、光を探して走り回る。

 しかし、どこにも見つからない。

 その場に崩れるようにして倒れこむ。

 その時、目を覆いたくなるほどの眩い光に気づいた。

 光は、自分の手の中にあった。

 握りしめていた手をゆっくりとほどいた。



 その時、彼女の体から、一際強い光が放たれた。一筋の光が空へと昇っていく。それが天に届いた時、膨大な暴力的なまでの光がファルムの森に降り注いだ


 それは、王都を照らし、人々の目を奪った。光が消えた後、森は一変していた。


 鼻を突く強烈な焦げ臭さがルナの意識を浮上させた。焼けた土と、炭化した植物が混ざった、乾いた、そしてどこか生臭いような匂い。それは、微睡んでいたルナの意識を無理やり引き剥がし、現実へと引き戻した。


 重い瞼をゆっくりと持ち上げると、目に飛び込んできたのは、見慣れたはずのファルムの森の、変わり果てた姿だった。

 夜の闇の中に、黒く焼け焦げた木々のシルエットが、まるで幽鬼のように立ち尽くしている。地面は灰に覆われ、微かに煙が立ち上っていた。厚い雲の隙間から差した微かな満月の光が、焦土をぼんやりと照らす。


(ここは…?)


 ぼやける視界の中で、ルナは自分がどこにいるのか、一瞬わからなかった。全身が鉛のように重く、指先一つ動かすのさえ億劫だった。喉は乾ききり、息をするたびに焦げ付いた空気で、肺が焼けるように痛む。

 やがて、記憶の断片が、匂いと共に蘇ってきた。大樹の下でリリィを待っていたこと。シルフを撫でていた時の温かい感触。そして、体の奥から湧き上がった、抑えきれない光の奔流……。


(私が…やったんだ…)


 眼前の焼け野原と、それとは対象的に傷一つない自分の体が、事実から目を背けることを許さなかった。


 ゆっくりと体を起こすと、足元には黒く炭化した破片が転がっていることに気づいた。


(ごめんなさい………!)


 彼女の目には、乾いた灰色の世界が、滲んで見えた。



 ――その頃、王宮内の一室。


 広い部屋には、いくつかの画がイーゼルに立てかけられていた。王宮から見た街の風景や、庭園の花々が鮮やかに描かれている。片隅に配置されたテーブルの上には栞を挟んだ小説が置かれている。


 天蓋のある大きなベッドに横たわっていた女性はゆっくりと体を起こした。

 傍にはただ一人、カイが控えている。眉間に深くしわを寄せて俯いていたが、その女性が起き上がるのを認めると、表情が僅かに和らいだ。


 女性は、彼にそっと問いかける。


「やっと体から毒が抜けたわ。リリィの様子を見に行ってきてもいいかしら?セレスも長い時間の見張りで疲れていないか心配だし…」


 胸を撫でながら、視線は扉の向こう側に向けられている。


「いえ…目的を達成したと勘違いさせておいた方が、情報を聞き出しやすいかと。気の緩みから口が軽くなる者も多いですから。」


 カイは、俯いたまま喉から絞り出したような声で否定する。



「いいえ…狙いが分かっただけで充分。あんな小さな子に、そう思わせておくのはかわいそうよ。あの時の表情だって…。」


 女性は、ベッドから立ち上がると、大きな赤いマントを羽織った。扉に向かって歩き出す。


「そもそも、凶行に及んだ者の前に、お連れできません…!リリィを王宮に招いたのは私です。罰は何なりと受けます。」


 カイは、女性の前に立ち塞がる。



「今はそんな話はしてないわ。それに、そんなこといつ私が責めたのかしら?リリィは王宮で保護するべきと、そう判断したのはカイとセレスと私ででしょう?」


 紫色の瞳が真っ直ぐにカイに向けられていた。


「ですが…!せめて私が短剣を没収していれば…。」


 カイは目を伏せたまま言った。噛み締めた唇から血が滲む。



「だから、それも私達三人で納得して決めたことで…。いいえ、そうね。カイが全部悪い!だから代わりに私の言うことを聞いて!私をリリィのところに連れて行って!」


 声が熱を帯びる。


「・・・!!」


 その時、カイは一つの名前を叫んだ。

 七年前、彼女が捨てた本当の名を。

 今では三人だけが知る名を。


「全部背負おうとするなよ…!胸の傷は癒えても、心まで治るわけじゃないだろう?リリィのことは俺とセレスに任せてくれ。」


 彼は、ヒビだらけのガラス瓶に触れるように優しく彼女を抱きしめた。しかし、その瓶からは、水が漏れることも溢れることもなかった。



 女性は、カイの腕をそっと外すと、彼の瞳をもう一度見つめた。


「貴方はいつも私の弱さを許してくれる。でも、私はエレクシアの雷神王リディアとして、全ての国民を守る義務がある。…ありがとう。いつもわたしのことを、わたし自身より大切に思ってくれて。」


 それは、静かな、しかし確かな決意を秘めた声だった。


 カイの琥珀色の瞳が、気高き雷神王の姿を映し出した。


「リディア様、地下牢までご案内いたします。」


 彼は部屋の扉を開けた。



 ――同時刻、地下牢。


(リディア様は流石にもう動ける頃と思いますが……カイと口論でもしているんでしょうね。)


 セレスは、小さく息を吐いて、目の前の生気を欠いた少女を見つめる。


(ここにいらっしゃるまでにリリィの組織の手がかりを掴みたかったのですが…)


 少女は、魂を何処かに置いてきたかのように微動だにしなかった。

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