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チート級転移能力で無敵の敵国王の懐に潜入した少女スパイ~友情を裏切り王を討つ日~  作者: 重井 愛理
一章

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21話:隔絶

 この数日間の王宮の探検で、中庭の警備が手薄になりやすいことは知っていた。中庭に入るには、王宮の建物を通り抜ける必要があるからだろう。




 リディアは中庭のベンチに腰掛けていた。正装である重厚な衣装を脱ぎ、薄いローブを羽織った背中は、いつもよりか細く見えた。


 ベンチの上には屋根があり空は見えない。


 リリィは、背後から音を立てずに、一歩また一歩と近寄る。歩みを進めるたび、押し殺した呼吸が浅くなる。


 前傾姿勢で腰をかがめながら歩くリリィの瞳に、

ふと、重力に従って垂れた桃色のペンダントが映った。

 ペンダントを一度握りしめると、留め具を外して、ポケットの奥深くにねじ込んだ。


「……リディア……様」


 リリィは、エレクシア王国の雷神王の名を口にした。リディアは振り返り、驚いた顔で彼女を見つめる。


「リリィ。どうして、こんな時間に?」


 リリィは、静かに答えた。手に汗がにじむ。


「少し……眠れなくて。」


「私も同じよ。」


 リディアはベンチに腰掛けたまま穏やかな表情で言った。

 リリィの中で、半ば苛立ちにも似た感情が渦巻く。


「いいの?今この場所には側近も近衛兵もいない……。あなたの前にいるのは王宮に侵入した重罪人なんだよ。」


 それは、自分でも驚くほどに冷たい声だった。



「リリィ。こっちにおいで。」


 リディアは小さな子供をあやすように薄い微笑みを浮かべながら、自分の座るベンチの横をぽんぽんと叩いた。


(なんで……!どうして……!)


 鼻の奥がツンとするのを感じながら、促されるままリディアの隣に座った。


「正直、あなたのことはまだよく分からないけれど、あなたがルナのことを語る時の顔を、私は見たもの。」


 リリィは、リディアの言葉に答えなかった。


「一人で何を考えていたの……?」


「デュランさん達のことを……。私達のせいで、リリィとルナを辛い目に合わせてしまったから。それに彼らのことを蔑ろにしてしまっていたことにも気付かされたから……」


 リディアは一呼吸置いて続ける。


「私はどうしたらよかったのかなって……」


 リディアは上を向く。視界に広がるのは、広大な空に広がる満天の星空ではなく、どん詰まりの小さな灰色の天井だった。

 彼女の脳裏には七年前の凄惨な戦争とその講和会議の情景が浮かんでいた。


「リディア様も後悔することがあるんだね……。」


 それは、雷に打たれたような衝撃だった。隣に座っていたのは、”神”ではなく一人の人間だった。リリィも、小さな天井を見上げる。


 この時、リリィの心は確かに凪いでいた。目を瞑って”雷神王”に問いかける。両親の仇に聞きたかったのは、こんなことだったのだろうか。


「七年前の戦争で、あなたは、エレクシアを勝利へと導いた。当時はまだ16歳か17歳だったはず。あなたの雷撃は、多くの敵兵の命を奪った……。怖くはなかったの……?」


 リディアの表情に暗い影がさした。


「そうね……。初めてこの力をふるったときは、恐怖で眠れなかった。今でも焦げ付いた戦場が瞼の裏に焼き付いているわ。朝起きた時、ご飯を食べる時、ふとした時に戦場の匂いを思い出す。それでも、皆が戦争で疲弊し命を落としていくのを見ている方がずっと辛かった……。」


「だけど……敵兵にだって家族や大切な人はいたんだよ……」


 少々の声に憎しみはなく、ただ悲しみだけが宿っていた。


「……えぇ、解っているわ。その上で、この国の民とアルスレイア帝国の民を……私は命を天秤にかけた。これは私の罪よ。」


 リリィは、その言葉に、帝国の任務という使命を背負う自身の宿命を重ねた。

 心にさざ波が立つ。


「あなたは逃げ出したいと思ったことはない?」


 リリィの小さな肩は小刻みに揺れていた。唇をぎゅっと引き結び、リディアの言葉を待つ。

 彼女は、決意に満ちた強い眼差しで断言した。


「ないわ。」


“それ”は遥か遠い高みに立つ。

仰ぎ見ることすら許されない隔絶。

残されたものは、醜悪で脆弱な。


「これは雷神王である私の宿命だから。それに私には支えてくれる二人がいるから。」


 彼女は稲妻の紋章が刻まれた胸に両手を当てた。




 ――同時刻、セレスは広いベッドで目を覚ましていた。

 寝室の空気は冷え切っていた。上体を起こすと、背中を伝う汗に肌寒さを感じる。


 ベッドから降りると、机の上に目を向けた。そこには、『移動要塞』に関する資料が並べられていた。


「あの方は……また……」


 セレスは深いため息をついた。そのまま真っ直ぐ廊下に出ると、中庭を見下ろす。そこには、リディアとリリィの姿があった。


 目を凝らしてリリィを観察した。彼女の右腕には変わらず砂のリングが嵌められていた。


(カイはリリィの居場所を把握しているはず。確かにリリィは悪い子ではないでしょう……。ですが、カイ、あなたは人を信じ過ぎです……!)


 胸騒ぎを感じたセレスは、飛ぶようにして中庭へと向かった。




 ――中庭。


「貴方はまだ子供よ。使命なんて捨てて逃げていいの。ここにいれば貴方は安全よ。……リリィはここにいていいの。」


 リディアはリリィの小さな肩をそっと抱き寄せた。


 宿命の重さにやつれ、折れそうなほど華奢な体。しかし、同時に確かな芯を感じさせた。それでも、肌に伝わるぬくもりが、リリィの波打つ心の防波堤となることはなかった。


『大切なものだと思ったから拾った。それでは答えにならないかな?』


『苦しいですが、それが私の選んだ道です。そこに後悔はありません』


 リリィの頭の中で言葉が浮かんでは消える。


「私はっ……!!」


 リリィは、リディアの手を振り払うように立ち上がった。


 心というキャンバスに、リディアやカイ、セレス、ヴァルカン将軍、帝国の幹部、そして、ルナの言葉が全て違う色の絵の具で塗りたくられる。

 出来上がった絵は、淀んだ暗い色をしていた。


 リディアの胸元には、黒い短剣が突き刺さっていた。リリィは、震える手でその短剣を抜き取る。

 胸から鮮血が溢れ出る。


 脱力した手から短剣が滑り落ちる。カランと音をたてて地面に転がった。


 今しかないと思った。

 今を逃せば、雷神王に刃が届くチャンスはないと思った。

 今しかないと思った。

 今よりもっと、リディアのことを知れば危害を加えることなどできないと思った。



 リディアは、顔を苦痛に歪めると、力なくベンチから崩れ落ちた。その直前、彼女は、リリィの背後を指さすように、わずかに震える指を動かし、悲しみに満ちた瞳でリリィを見つめた。


 次の瞬間、リリィは背後から、音もなく地面に組み伏せられた。


「うぅっ!」


 直ぐに逃れようとしたが、既に体内の魔力の流れを感じなかった。


「リリィ、抵抗は無駄です。私が触れている間、いかなる能力もその効力を発揮しません。」


 セレスは冷徹な声で、終わりを告げた。


 彼女は呆然とするリリィを即座に拘束した。



 地下牢の冷たい石床に、リリィは囚われていた。薄暗い空間に満ちる湿った空気と、鉄格子の冷たさが、彼女の心をさらに凍えさせる。


 傍らでは常にセレスが目を光らせており、能力を発動させる隙は見当たらなかった。リリィの手には、リディアの胸に突き立てた短剣の感触が残っていた。


(任務は成功した……でも、雷神王は帝国で見た資料のような悪辣な存在ではなかった……強く優しい一人の人間だった……それを私が殺したんだ……)


「ごめんなさい……リディア様……ごめんなさい……カイさん……ごめんなさい……セレスさん……ごめんなさい……ルナ……」


 脳裏にはルナとの約束が浮かぶ。満月の夜に会おうと。


(私は……ルナを、一人ぼっちにしてしまうんだ……)


 その夜、彼女は、誰にも届かない謝罪の言葉を、ただ一人、繰り返していた。


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