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12話:救出

 筋肉質な男の手がルナの服に触れようとした瞬間……

 ルナの束ねられていた髪がほどかれた。ふわりと広がる綺麗な金色の長い髪。男は、見惚れたかのように手を止めた。それは、在りし日の妹との思い出を重ね合わせたのかもしれない。


 その刹那、静寂を切り裂いて、肉と骨がぶつかり合う凄まじい衝撃音が鳴り響く。

 男が吹き飛び、背後の壁に激突する。鈍い音を立ててずるずると崩れ落ち、男は意識を失った。


「なんだ!?」


 残された二人の男の視線は、忽然とルナの背後に現れた少女に釘付けになっていた。

 群青色の瞳は、昏い倉庫の中でも鋭く光を放っていた。男を蹴り上げた右足は、無駄のない動きで静かに地面を踏みしめる。


 流れるように、腰に隠していた短剣を両手に構える。

 挟撃を試みる男二人は、少女の両側から襲いかかる。少女は一瞬早く両手を交差させた。そして、その細い腕を鞭のように振ると同時に、二つの影が一直線に放たれる。


 短剣は風を切る音さえ立てず、短剣の柄は寸分の狂いもなくその鳩尾に吸い込まれた。鈍い音から少し遅れて苦悶の声が漏れ、男たちは膝から崩れ落ちた。


 それすら見届けずに、少女は次の行動に移っていた。


 壊れものを扱うような優しい手つきで、ルナの目と口を覆っていた布をほどく。


「ルナ!怖い思いさせてごめんね。もう大丈夫だからね!」


 安堵と、緊張の糸が切れた衝撃で、ルナの肩は小刻みに揺れていた。


「……リリィ!来てくれるって信じてたから……怖くなんて……なかったよ。ありがとう……!」


 ルナはリリィとの約束がどれほど心強かったか、震える声で感謝を告げた。


 リリィは、続けてルナの手と足を縛り付けていた紐を短剣で切り裂いた。


 能力の使用で荒れた息を整えながら、部屋を見渡す。部屋は出入口となる扉以外には、窓一つなかった。


「ルナ、倉庫の中を突っ切って逃げるよ!走れる?」


「うん!大丈夫!」


 ルナは覚悟を決めたように頷いた。


「今の音は何……!?」


 様子を見に来た女が、警戒しながら半身になって、扉を開ける。

 その瞬間、扉の向こうから、リリィの放った右足をしならせた回し蹴りが、女を襲った。

 脇腹に炸裂した一撃に吹き飛ぶ。


 「ボ……ボス…………標的が……侵入、しました……」


 仰向けに倒れた女は、途切れ途切れに報告を行うと、意識を失った。



「行くよ!」


 リリィは、ルナの手を引いて奥の部屋から出た。

 広く開けた倉庫の主たるスペースには、まだ二十人ほどの男たちが待ち構えていた。


 “ボス”は、小さな穴や綻びの出来たソファにどっかりと座ったまま話しかけた。


「どっから入ったか知らねぇがネズミみたいなやつだな。おい、ガキ。お前には社会の仕組みってやつを教えてやるよ……!」


 男を視界に捉えると、リリィの表情には一瞬にして警戒の色が現れた。


(この男、下っ端たちとは違う……。私一人で逃げるだけなら簡単だけど……でも……!!)


「……リリィ。」


 ルナが心配そうに名前を呼んだ。


 リリィは繋いでいた手をそっと離す。


「ルナ、私の後ろに下がってて。大丈夫、心配しないで!ちょっと待っててね。」


 その声は自分に言い聞かせるかのようだった。


 左手に短剣を構えて、敵を見据える。


 男はゆっくりと立ち上がった。


「お前ら、手ぇ出すんじゃねえぞ。こいつはオレが教育してやる。」


「あなた達、素人じゃないよね?」


 ボスの低く腰を落とした構えに、リリィの目つきが鋭くなる。


「これでもかつては傭兵として名を馳せたんだぜ。だが、アルスレイアとの戦争終結後は、めっきりそんな仕事はなくなっちまった。」


 地面を蹴り砕きながら、襲いかかる。

 体の芯に響く重い音を立て、リリィに迫るその巨体は、まるで止まることを知らない重戦車だった。


 雄叫びを上げる。


「世の中にはな、俺みたいに平和な世界じゃ真っ当に生きられない奴もいるんだ!」


 太い腕が振り抜かれる。

 分厚い城壁が迫り来るような質量を、リリィは風に舞う可憐な花弁を思わせる動きで上体を反らし、紙一重でかわした。


「そんなの……おかしいよ!戦争なんてない方がいいに決まってるよ!」


 彼女は、反らした上体を瞬時に反転させると、その動きのまま攻撃につなげた。左腹部の痛みに耐えながら、右足で中段蹴りを繰り出す。


 しかし、左腹部の痛みで本来の威力とは程遠い。


 男は、ただ右腕を静かに曲げて、それを受けた。その巨体は衝撃を完全に吸収し、ピクリとも動かない。

 リリィが、右足に力を込める。反動を活かし、彼女はそのまま鮮やかな放物線を描きながら後方へ跳び、距離を取った。



「……そんなことは俺たちだってわかってる。

 だが、それなら戦場しか知らないやつはどうなる?国のために鍛え上げたこの力はどうなる……!!」


 男が叫ぶと同時に、その拳が、霜が降りるように内側から黒ずんだ鋼へと変じていく。体温を失った肌は、滑らかな光沢を放ちながら硬質化した。


 圧縮された空気が唸りを上げ、振り抜かれた拳が迫る。

 咄嗟にリリィは右手の手甲をかざし、その拳を受け流す。キィンと金属が弾けるような音が響き、衝撃が彼女の腕を駆け抜けた。

 彼女はその衝撃を利用し、くるりと身体を回転させると、左手に握った短剣をボスの胸元へと突き立てた。


 だが、短剣は肉を切り裂く感触を得ることなく、その切っ先は硬い壁に阻まれる。刃は僅かに軋んだかと思うと、甲高い音を立てて砕け散り、柄と刀身は哀れにも泣き別れた。


「全身を鋼のように硬質化する。これが俺の能力だ。」

 男は、静かに、しかし誇らしげに言った。



 リリィは影のように音もなく後方へ滑り、男から距離を取る。

 

 腰に隠していた短剣を新しく抜き放ちながら、彼女の鋭い視線は、ボスの左腕に残る大きな傷跡を捉えていた。


(無敵の能力じゃない……突破口はあるはず……!弱点さえわかれば……私の能力ならその”隙”を付ける!)



 男は巨漢に見合わない速度で間合いを詰め直した。。


(速いっ!)


 残像を残して放たれた膝蹴りがリリィの左脇腹を掠める。


 浅い衝撃とは裏腹に、内臓を揺らすような重みが身体の奥まで響く。


「ぐっ!!」


 リリィはくぐもった低い叫び声を上げた。


「リリィ!」


 ルナは思わず叫んでいた。悲痛な声が倉庫全体にこだまする。


「あ?どうした?掠っただけだぜ?」


 男は、首を傾げながら、冷や汗を浮かべるリリィをじっと見据える。

 服の上から血がじんわりと滲む。


「ほぅ。そういうことか」


 ボスの拳が、リリィの左脇腹を目掛けて豪速で放たれる。

 リリィは咄嗟に両腕で防御姿勢をとった。その細い腕が腹部と男の拳の間に滑り込んだその瞬間。嘲笑うかのように、拳は寸前でピタリと止められた。


 防御に意識が向いたリリィの死角から、男の左足が彼女の右足を蹴り抜いた。鈍い骨の軋むような音が響き、渾身の一撃をまともに食らった少女の小さな体が人形のように宙を舞い、壁に叩きつけられた。


 「あ゛あっ!!」


 壁を背に、ずるずると膝をつく。かろうじて保たれていた均衡が崩れる。力なく手から滑り落ちた短剣が、カランと虚しく地面に転がった。


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