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11話:誘拐

 風車の小屋への帰路につく。

 町で食材の調達を済ませ、風車までの最短ルートである、人通りのない細い路地へと足を踏み入れた。路地に差し込む夕陽が、リリィの影を長く伸ばす。その影が、ふいに何かに飲み込まれるように消えた、その瞬間だった。


「誰?出てきなよ……」


 殺気に気づいたリリィは、背後に向かって話しかける。


 そこには、先日パン屋で撃退した男が立っていた。


「やっと見つけたぞ。お礼に来てやったぜ」


 リリィに短剣で突かれたみぞおちを指でなぞりながら、憎悪に満ちた目で睨みつける。


「また痛い目にあいたいの?」


 リリィは、静かな声で言った。左手を腰に隠した短剣に伸ばす。


 昼間の一件で見せた時より遥かに冷徹な目に怯みながらも、男は懐から紙切れを取り出し、彼女の足元に投げた。


「おっと、お前が大切にしてるお友達がどうなってもいいのかぁ?」


「これは……?」


 リリィは警戒しながら紙切れを広げる。それはこの街の地図だった。街から離れた場所にある倉庫にバツ印がつけられている。



「そう。そこでお友達が待ってるぜ。早く行ってあげた方がいいんじゃないのか?」


 男は薄ら笑いを浮かべる。


「私に用があるなら、直接私にしてよ!なんでこんな事……!」


 それは、張り裂けるような声だった。


 リリィの表情の変化に男は気を良くすると、その場を大きな足音をたてながら立ち去った。



(雷神王の側近が私の行方を捜していた。なら、恐らく今もどこかで私を視ている……。能力を使うところを見られれば、私は終わりだ。)


 もう一度地図を広げる。倉庫までは走っていっても30分はかかるだろう。


 リリィの脳裏にルナの笑顔が浮かぶ。地図を手放して、胸元の桃色のペンダントを握りしめる。


(でも、私は約束したんだ!)


 リリィは魔力を練り上げた。

 次の瞬間、彼女が立っていた場所には、赤い髪飾りと地図だけが残されていた。




 街の外れ、人々から忘れ去られた場所にある倉庫。

 倉庫の中は、埃が舞い、薄暗い。窓から差し込む光はほとんどなく、かろうじて光の筋がある程度だった。

 床は土とコンクリートが混ざり合い、湿った空気が漂い、カビ臭い匂いが鼻をつく。打ち捨てられた木箱や錆びついたドラム缶が乱雑に転がっており、中には何が入っているのかわからない古びた貨物が山積みにされている。足を踏み出すたびに、崩れかけた木片が音を立てる。壁には無数の傷や落書きが残っていた。


 倉庫の奥にある小さな部屋。


 ルナは部屋の中央に置かれた椅子に座らされ、両手足は椅子にきつく括り付けられていた。目には固く布が巻かれ、口には布が深く噛まさている。


 それまで家族に愛されて育ったルナにとって初めての経験だった。リリィと別れて家に帰るところを突然襲われ、何もわからないまま拘束された。


 それでも、ルナは、恐怖に震える体を必死で抑えつけながら、”約束”を心の中で繰り返した。


(大丈夫。リリィがきっと助けてくれる……約束してくれたんだもん……!)


 目に当てられた布が濡れることはなかった。しかし、一切の身動きを封じられた中で、唯一自由な聴覚が恐怖を倍増させた。


 風の音や、足音、うめき声。耳に入る全てが恐怖の対象だった。


 少し離れた場所から話し声が微かに聞こえた。


「ボス、目標まだ現れません!」


 女の低い声が聞こえた。


「そうだなぁ。大人を待たせた罰として、ちょっとこのガキにはお仕置きが必要だな。」


 ボスと呼ばれた男は、しゃがれた声で言った。大きな肩幅に太い手足、そり込みの入った短髪が威圧感を醸し出す。


「はっ!捕らえる時もちょこまかと逃げて、手間を掛けさせてくれましたからね。」


 女は声に怒りを滲ませる。


「それはお前が衰えただけじゃねえか?あんなガキに情けねぇ……」


 男は倉庫の右側の壁に目を向ける。疲れたように呟いた。


 扉が開く音がする。

 ルナの拘束された部屋に男が三人入ってきた。


 一歩、足音が近づく度にルナはその小さな体を震わせた。


「あん?」


 背の低い男が、椅子の周りを回りながら怪訝そうに声を上げた。


「どうした?」


 筋肉質な男が、聞き返す。


「このガキ、稲妻の紋章がないな。まさかとは思うが……」


 顎に手を当てながら、背の低い男が答えた。


「こんなガキが帝国のスパイなわけないだろ……だか、そうやって油断したやつから戦場では死んでくんだよな……俺のダチも……」


 長身の男が、身をかがめるようにしてルナの顔を覗き見る。


「万が一スパイなら……軍法に則って殺しちまうか。」


 憎悪に満ちた目で背の低い男がルナを睨みつける。

 制止するように長身の男が長い手を出す。


「それじゃ人質にならねぇだろ。それに紋章は服の下にあるかもしれねぇからな。」


 二人の会話を聞いてきた筋肉質の男は、懐かしむようにして言った。


「昔……俺にもこんな妹がいたな……脇の下にあるってんでいつも恥ずかしがって隠してた……いや、今はそれどころじゃねぇ。俺が調査してやるぜ」


「リリィ……助けて……!!」

 ルナは声にならない声で叫んだ。

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