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第二十三話:『永遠の問い』

第二十三話:『永遠の問い』

歴史は、曹操の勝利を記録し続けるだろう。

彼はついに魏王となり、古の殷王朝の都であった鄴に、壮麗な銅雀台を築いた。銅で葺かれた屋根は陽光を浴びて赫々と輝き、その威容は天下に彼の権勢を知らしめた。その最も高い場所から天下を見下ろす時、彼は決まって一人だった。豪華な宴が終わり、伶人たちの奏でる音楽も、側近たちの追従の言葉も遠ざかった後、広大な楼台に満ちる静寂は、彼の孤独をいや増すばかりだった。覇者の手にした天下が、彼の心を真に満たすことは決してないと、荀彧のような古くからの臣は、その寂寥とした背中から感じ取っていた。

ある星が凍てつくような冬の夜、曹操は毛皮の外套に身を包み、酒盃を手に、遥か東の空を見つめていた。泗水が流れ、かつて下邳城があった方角だった。

「公台…」

誰に言うでもなく、彼の唇から、遠い昔の友の名が漏れた。

眼下に広がる鄴の街の灯りは、かつて陳宮と共に眺めた兗州のそれよりも、ずっと多く、そして輝かしい。法は整備され、屯田によって民は飢えから救われ、才能ある者が登用される道も開かれた。天下は、確かに彼の手によって、一つの秩序を取り戻しつつあった。

「俺のやり方は、間違ってはいなかったはずだ。この安寧は、俺が流させた血の上に築かれたものだ。だが、俺が手を汚さなければ、この何十倍もの血が、ただ無意味に流れ続けていたはずだ。公台よ、お前の正義が兗州にもたらしたのは、結局、呂布という災厄と新たな戦乱ではなかったか…?」

そう己に言い聞かせる一方で、彼はつい先日、自らが下した裁断を思い出していた。些細な法を犯しただけの、しかし将来を嘱望された若き役人がいた。法に照らせば厳罰に処すべきところを、彼は臣下の反対を押し切り、なぜかその罪を許してしまったのだ。『青臭い理想も、時には薬となろう』。そう呟いた自分の言葉が、かつて自分が最も嫌った類の偽善であったことに、彼は気づいていた。

彼は、酒を一気に呷った。喉を焼く熱さが、胸に巣食う冷たい空虚さを際立たせる。

「それでも、なぜだ。なぜ、お前の最後の問いが、今もこの耳から離れぬのだ」

『貴公は、いつから『天』になったのだ?』

その問いは、見えざる亡霊となって、彼の華麗な玉座の傍らに常に立ち続けた。

官渡で袁紹を破った時も、赤壁で天下統一の夢が燃え落ちた時も、そして今、この魏王の座にあっても、ふとした瞬間に、あの暗い牢獄の静寂と、雷鳴のような一言が、彼の魂を鷲掴みにする。その声が響くたび、彼は天下の覇者から、ただ道に迷った一人の男に戻ってしまう。そして、生涯その問いに、明快な答えを返すことはできなかった。

英雄の苦悩は、正史には記されない。ただ、彼の詠む詩に、時折、人生の無常や、天命への深い懐疑が滲むことで、その心の傷の深さをわずかに窺わせるのみであった。

ふと、彼の脳裏に、もう一つの光景が鮮やかに蘇る。

それは、下邳の嵐の夜ではなく、まだ希望に満ちていた、兗州の穏やかな月夜だった。復興した城の楼閣から、二人で眼下の灯りを見下ろした。隣にいた友の、理想に燃えるきらめくような横顔。そして、彼が心からの信頼を込めて語った言葉。

「孟徳殿。その夢のためならば、この陳宮、いかなる苦労も厭いませぬ」

あの時、確かに我々は同じ夢を見ていたはずだ。同じ光を、同じ未来を。いつから道は分かれたのか。いや、いつから俺は、その隣を歩く友の顔を、見なくなってしまったのか。

曹操は、空になった酒盃に、自ら酒を注ぎながら、再び東の空へ向かって呟いた。その声は、夜風に震えていた。

「お前の見たかった景色は、果たして、これだったのか…?」

問いは、冷たい夜風に溶けて消えた。答える者は、もうどこにもいない。

覇者の傍らには、天下と、そして癒えることのない巨大な孤独だけがあった。

だが、歴史とは勝者が紡ぐ物語だと、誰が言ったのか。

下邳の地下牢で放たれた無心の問いは、敗者の墓碑銘であると同時に、勝者の魂に刻まれた永遠の碑となって、乱世の空に静かに立ち続けていた。

英雄の仮面を砕いたただ一閃。歴史は、その声なき声によって、未来永劫、裁かれ続けるのである。

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