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第十四話:『砂上の理想郷』

第十四話:『砂上の理想郷』

陳宮の知略は、呂布の武勇と組み合わさることで、当初、恐るべき威力を発揮した。曹操が築き上げた兗州は、瞬く間に呂布の手に落ち、曹操は絶体絶命の窮地に立たされた。濮陽の城を手中に収めた陳宮は、すぐさま次の一手を打った。それは、曹操を討つための軍略ではなく、民を救うための善政であった。

「将軍。今こそ、我らが曹操とは違うことを天下に示す時です。この濮陽で、真の仁政を行いましょう」

呂布は、難しいことは分からなかったが、陳宮が「曹操に勝つためだ」と言うと、あっさりと頷いた。「うむ、お前に任せる!」

陳宮の行政手腕は、遺憾なく発揮された。曹操軍が課した重税は直ちに引き下げられ、戦乱で荒れた土地は公平に民に分配された。市場は保護され、役人の不正は厳しく取り締まられた。その結果、濮陽には瞬く間に活気が戻り、民の顔には笑みが浮かんだ。子供たちの遊ぶ声が、街のあちこちで聞こえるようになった。

ある日、陳宮が街を視察していると、一人の老婆が彼に駆け寄り、その手に握りしめた一個の卵を差し出した。「陳宮様、ありがとうございます。あなた様のおかげで、また明日を生きる望みが持てました。こんなものしかありませんが、どうぞ…」

陳宮は、その皺だらけの手を固く握り返した。込み上げる熱いものを抑えきれなかった。これだ。これこそが、自分が見たかった光景なのだ。曹操の下では、大義名分のもとに切り捨てられていった民の笑顔。それが、この呂布という空っぽの器だからこそ、実現できている。彼は、自らの選択が間違っていなかったと、一筋の光明を見出した。

だが、その光は、あまりに脆いものであった。

その夜、城では呂布主催の戦勝祝いの宴が、連日連夜、盛大に開かれていた。貴重な兵糧は美酒となり、戦利品は踊り女たちへの褒美として惜しげもなくばらまかれていく。

「将軍、お控えください! 兵糧の備蓄が底をつきますぞ!」

忠臣である高順がそう諫めても、呂布は酔った目で一喝した。

「何を言うか! 我が武勇で得たものだ、どう使おうが俺の勝手だ! それに、民から搾り取っているわけではあるまい!」

その言葉は、陳宮の胸に突き刺さった。確かに民からは搾り取っていない。だが、この浪費は、明日戦うべき兵士たちの糧であり、民を守るための城壁を築くための財産なのだ。陳宮が必死で築き上げている理想郷が、足元から、呂布自身の気まぐれと虚栄心によって崩されていく。

陳宮は、民の喝采の裏で、この理想郷が、あまりにも危うい砂上の楼閣であることを、痛いほどに感じていた。曹操軍が、すぐそこに迫っている。残された時間は、もういくらもなかった。

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