接触
ールスランから話を聞いて、ドミトリィは夜会に誘われても出ないようになった。妻を迎える気も養子を取る気ももともと彼は持ち合わせなかったが、父親や弟と同じ女を取り合っていたとなると聞いて、彼の胸には何か重いものがのしかかってくるのだった。
2人の死者が出た後で、浮かれ騒ぐ者など宮廷にはいなかった。少数の気の合う者同士酒や茶を飲みながら話す程度だが、彼の気の向くような相手からでないのでずっと断っていた。ルドヴィカやルスランの言ったことが胸で支えるせいだった。
「お手紙が」
不意に執事が言った、
「サヴァスキータ侯のご世子と名乗る方が送って来られましたが」
執事に言われドミトリィは起き上がった。
「ー読んでみてくれ」
執事はうなずき、封を切って読み始めた。
〔突然の送付をご容赦ください。
イマヌエル卿のご兄弟について、確認が取れました。出生は18XX年10月12日の〇時
25分、卿と15歳離れているそうです。18歳で弟の左目にクラスター弾をあてる事故、その3年後には従兄の友人ハルシュバウアー男爵令嬢と懇意に、その2つがあって、生家から廃嫡と勘当の扱いを受けています。ただこの人物の従兄について、男爵令嬢は婚約状態になかったと知人に話していたとか
本日お伝えできることは以上です。今後も新しいことが解り次第ご連絡いたします。
フェルディナンド・ルッジェーロ・ディ…〕
ー手紙はここで切れているが、必要な情報は全て書かれていた。それで、差出人の青年にドミトリィは好感を抱いた。自分の分というものを彼はよく解って動いている。そこから彼を信用しようとドミトリィも考え始めた。
「…紙とペンを取ってくれるか?」
愛人に頼むと、インクにペン先を浸し彼は急ぎ返信を書き始めた。
「あの男に本国へ行ってもらおう」
ー正妻の愛人について、フェルディナンドの母親に証言をもらうためだ。摂政大公の娘についても彼は調べるつもりだったが、後者は父親がまだ滞在中だ。だが、こちらは父親に聞かず本国の皇族を頼るほかない。
「マルゲリータ皇女の所領は?」
「…ご連絡をお取りに?でしたらファウーダ伯爵夫人が」
ヴァーニャは言った。
「ご領地はアルペディーニャと私は伺っております」
「さすがにそれは遠いな。ー他に親族はいなかったか?」
ドミトリィは聞いた。
「グラッソーヴァ公爵でしたら」
ヴァーニャが言うのを聞いて、ドミトリィはこの3人とつなぎを取ることにした。1人はサヴァスキータ侯爵夫人、1人はファウーダ伯爵夫人、1人はグラッソーヴァ公爵。この3人と接触すれば、彼の知りたいことも解るはずだった。ファウーダとグラッソーヴァ、この2地方へは、摂政大公の娘の人となりを探るため使いを送るのだ。
フェルディナンドへの返信を書き終えるとドミトリィはそれを執事に渡した。それからエンリコの訃報をマルゲリータと公爵へ書き送り、摂政大公の娘についてその人となりを
聞くことにした。ールドヴィカは既に他国へ嫁ぎ、皇族の籍を離れている。それで皇帝に指示を仰ぐこともできなくなっていた。
翌日、フェルディナンドからドミトリィに封書が届いた。同封したものを使ってくれとあり、中には一回り小さい封書が別に入っていた。ー思った通りだ。礼儀も弁えている。ここからドミトリィはフェルディナンドへの信頼を厚くした。エンリコの死んだことは、まだ彼に伝えていない。フェルディナンドとエンリコは、ルドヴィカがユーゼフのもとに輿入れする直前だったと聞いたからだ。
「呼んでよろしいでしょうか?」
ヴァーニャは言った、ードミトリィは軽くうなずき相手が現れるのを待った。
「閣下、私をお呼びで?」
「お前は公用語を使えると言ったな?」
ードミトリィは相手に語学力を尋ねた、男は笑顔でうなずいた。
「使えます」
「急ぎ本国へ渡ってくれ。ー訪ねてほしい場所がある」
ドミトリィはそう言うと、3通の封書を男に預けた。その封書には、使いを出した事情と尋ねたいことが書いてあった。
「この3つを渡してほしい。宛て名は全部別だから慎重にな」
「御意」
そう男は答え、封書を外套の内袋に隠した。
「ー直ちに出発いたします」
「頼んだぞ」
男はまた笑って見せ、靴音も立てず去った。




