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その花は天地の間に咲く 前編  作者: 檜崎 薫
第二部
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身分という名の枷

 カダルシェフ公爵ー現在はまだ嫡男でしかないが、跡を継ぐことに変わりはないー彼の愛人はアステンブリヤ公の奥方だった。ただこの女性は恐ろしく奔放で、気に入った男を自分の虜にしないと気が済まない。そのため従妹に求婚した年下の若者を追いかけ回し、次女になりすましてその寝室に潜り込んだ。こうして彼女は晴れてその若者と結婚し彼と暮らし始める。問題はそこからだった。

 夫のアレッシオは、自分と寝床を共にした女が従姉だっただと知り飛び退った。さらに寝室へ入るたび嬌声を上げ抱きつかれるので抱く気も起きなくなった。既成事実は作ってしまったので追い返すわけにもいかず、彼は仕方なしに従姉を妻にしたがー妻というより遊女を相手にしている気分で彼は眠ることもできないのだった。一方で奥方にも日に日に欲求不満が募っていた。毎晩隣に寝ているのに夫には抱かれないなんて。これほどの侮辱もないわ。

 夫と呼ぶには相手が若すぎた。だが自分で嫁ぐと決めた以上、城に腰を落ち着けるほかなかった。ーなぜこう体がうずくのか。まだ刺激が足りないのかしら。十分でしょうに。ーそう思いながら、彼女は一人で何日も夜を過ごしてきた。

 夫とは男女の関係になれず、侍女と雑談をしながら城の外を眺める日が続いた。貴族の妻として領地経営や城内の取締にも関わってきたが、彼女は満たされなかった。夫も横に寝ていて妻の悶々とするのが解るのか、そのうち寝室を分けようと言ってきた。

 『なぜお前は夜毎に唸っている?おかげで私まで寝られない』

 『あら…ごめんなさい』

彼女の詫び入れで夫も深くため息をついた。だがやがて夫は彼女にこう言った。

 『あれだけ私が断ったのに、お前はこの城に押しかけた。私にその気がないと知って』

仕方ないから愛人を作るがいい。ーそう夫は言うのだった。子は愛人に育てさせろとも、夫は言ってきた。

 『ー自分の子でない者を育てるのはごめんだ。産みたかったら父親に頼め』

そうして、夫はもう1つ寝室を用意させた。政略結婚の多かった時代、男女問わず愛人を持つ貴族は大勢いた。だが実家にも一族にも愛人を囲う人物はいなかった。だが彼女には子供の頃からそういった部分があり、伯父も父親もそれに悩んでいた。彼女は従弟に恋をするが、従弟は彼女に振り向かなかった。

 公爵夫人。ー外に出ると、彼女は決まってこう呼ばれる。貴族だが、彼女は妃殿下とは呼ばれない。皇帝の弟が父親だが、皇族ともみなされていなかった。その理由は何かー。そのうち3つ下の弟まで彼女を扱いにくいと言うようになっていた。

 『姉上は伯父上にも敬意をお持ちではないのですね』

 弟は言った。

 『近づいてほしくない家にばかり近づくと伯父上はおっしゃっていました』

 『…皇族は自由に振る舞えるというわけではなかったの?』

彼女が言うと弟はこう答えた。

 『国の将来を担う者が、そう自由に動けるとお思いですか?』

 『⋯どういうことかしら』

弟の詰問に彼女はしらを切った。それでまた彼女は実家に帰りづらくなった。

 ー伯父は皇帝で父親は摂政、弟は貿易港と諸都市との取次役を兼ねている。その一族に愛人を囲うような奔放な人間はいなかった。今回他国へ輿入れした従妹も。囲うのは彼女1人だった。それで余計彼女は目立った。

 『お聞きになりました?⋯シルヴァーナ様はアステンブリヤ家へお輿入れなさるとか』

 『まあ⋯アステンブリヤ家ですって?』

 『皇帝の姪ともあろうお方がなぜまた⋯』

4つ下の公爵家嫡男と結婚を決めた時、話を聞いて宮廷の貴婦人が皆顔をしかめた。この光景に皇帝も皇后も肩を落としてしまった。

 『余はこれを伏せるつもりでおったが、誰があらわにしたのであろう』

 皇帝は言った。

 『あれの一言がゆえに、宮廷はその噂で持ちきりだ。何ともやりきれぬ』

 『面目ございません。ー娘が先方に押しかけまして』

 『⋯これも母上のご意思であったのか。そのご実家と我らを縁組みさせようと』

皇帝も摂政大公も重い気分に囚われた。だが2人をさらに暗くさせる出来事が起こった。それは義父との近親相姦だ。夫と離れて夜を過ごすうち彼女は身も心も渇き始めた。その寝床に意外すぎる人物が入ってきた。彼女の義父となった先代公爵。息子が妻と別に寝ていると知り、跡継ぎを残すため自分でそれを成し遂げようと動き出したのだった。義父が寝室に現れたのには彼女も真っ青になった。

 『いけません、お義父様!私⋯私は』

 『知っておるとも。ー息子が見向きせぬから渇ききったのであろう?』

30前の若い女を見て、公爵は舌鼓でも打っているような甘い声を出した。その声が彼女の背筋に鳥肌を立たせた。

 『おやめください!⋯これを夫が見たらどういうことになるか』

嫁の言葉に公爵は耳を貸さなかった。彼女は少しずつ後退りしたが、寝間着の裾が義父に掴まれていた。 

 『愛人の子を産ませるような部屋はこの城にない』

 公爵は彼女に言った、

 『これでも我々は皇族の身だ。愛人をほしいなら息子と離縁してもらおう。だが、まずは子を産んでもらわねばな』

 『夫を、⋯ご子息をこちらへ』

彼女は言ったが、公爵は

 『息子がこの部屋へ来ることなどない』

と言い侍女に嫁の寝間着を剥がさせた。

 『息子がその気にならぬようだから、わしが相手になってやる』

 ー義父に抗いきれず結局彼女は義父と寝てしまった。女の扱いに長けた義父の愛撫は、彼女を恍惚とさせた。義父の公爵も、息子の嫁を慈しむかのようだったがーやがてそれが夫の目に入った。

 『妻を、お相手になさったのですか』

 『そなたがどうしても意に介せぬから、子を孕ますためにそうしたのだ』

ー義父と夫の会話。しばらくしてから義父は彼女の夫に言った。

 『愛人を城に呼ばせるな。囲わずにはすまぬというなら、子を産んだ後にでも嫁を他家へ嫁がせろ』

 『解りました』

そうして彼女の未来は決まった。

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