遺族
エンリコの妻が到着した。ー通夜の席には彼女の他、父親の摂政大公や従妹夫婦が同じ列に並んで座った。だが、彼の姉はなぜか、遺族席にではなく会葬者の席に座った。既にユーゼフは皇帝に連絡し、国境近くで死者を葬ることに了承を得ていた。棺を送ってから先方の都に到着するまで、14日間は見ないといけないのだ。
夫の急死に涙ぐむ未亡人は、義姉が愛人と座っているのに不審を抱く余裕もなかった。だがドミトリィとイネッサは、彼女が遺族に並んでいないのを見て密かに目配せを交わしあった。
(…弟の死が悲しくないということね)
(ああ。ー涙を浮かべてもいないしな)
カレナ大公の用意させたものでエンリコは命を落としたのだが、差し出された菓子類は既に処分され、検査できなかった。ただその菓子を持っていった侍女が、不審がってそのかけらや残りを厨房のネズミに与えていた。するとー
「ーネズミが一瞬で目を剥いた?」
「はい。…なにがしかの毒があったものと、私は存じております」
「菓子も飲み物も他からの差し入れか?」
「…はい。私はそう伺いました」
侍女は答えた。ー来客が急に倒れたために、彼女も続けて同じものを出すのが怖くなったらしい。
「執事には話したのか?」
「いいえ。…閣下に異変がと伝えましたら、疑われてはいけないからと執事の方が残りを持ち出しまして…おそらくその場で処分されたのでしょう」
イマヌエルもこれにはため息をついた。この長子だと、調べるのも容易ではないだろう。だがそれで手を引くわけにもいかなかった。死者は皇女の従兄で、主君にも身内にあたる人物だ。原因を突き止めなければならない。
朝早くから聞き取りをしているところへ、見慣れた男が顔を出した。6フィート半近い長身。ーゴットフリートだった。
「ーどうした?朝早くから登城して」
彼はそう尋ねたが、イマヌエルは周りに誰もいないことを確かめ彼に耳打ちした。
「ーヴェストーザ公が急逝された」
「…何だって!?」
「カレナ大公のもてなしを受けてその場で息を引き取ったそうだ」
話を聞いてゴットフリートも沈痛な面持ちになっている。年若い未亡人と年端も行かない遺児。彼らの世話は誰がするのだろう。そう考えると、ゴットフリートはいたたまれない気持ちだった。
「公爵の家族だが、…夫人のほかにも2人の幼子がいる」
ゴットフリートは言った、
「お子はどちらも1歳や2歳だ。ー父親の急死を聞いてすんなり受け止められる歳ではない」
「…家族と会ったことがあるのか?」
イマヌエルは驚いてそう聞いた。
「まあな。ーほんの一度か二度だったが」
ゴットフリートは答えた。
「気になるのは妃殿下のお立場だ。ー都に馴染んでこられなかった方が、お輿入れの後仲違いしてお従兄を殺害したなどという噂が広まってしまうと…」
「だが仲違いはしていなかっただろう?」
「ああ、そのはずだ。ただそうは言ってもそれはこちらでしか解らないから、向こうでどのような評判が立つかは未知数なんだ」
「そうか…」
イマヌエルも考え込んだ。
「お国へ里帰りする気も妃殿下は起きなくなるかも知れないな…」
そう言って彼はまたため息をつく。
「親族はまだいるのか?」
イマヌエルは聞いた、
「後は母親の大公妃だけだ。だが夫婦仲は良くないと聞いている」
「そうか」
「故人の家族関係なら、大公より未亡人に聞いた方がいいかも知れないな。彼女はそう重要な地位を占めていない。暗殺などに遭う危険もいくらか少ないだろう」
ゴットフリートはそう話した。イマヌエルは言った、
「…殿下にお願いしてみよう。軽く慰問会を開くつもりで」
「それがいいと思う」
2人の青年はそれで合意し、参加者や会場について案を練り始めた。執務室へその計画が出されたのは6時課過ぎだった。




