護衛
ー私は嫁ぐ相手を間違えた?時が経つほどその思いは彼女の中で強くなった。血族とはいえ、任務で動いている者を引き止め雑談をさせる夫。皇太子とはずいぶん違うー彼女はそれを日に日に感じていたのだった。そして彼女の前で1人倒れた。
「棺を出してやれ」
夫の大公が言うのを見て彼女は背筋が寒くなった。
「借りた屋敷でこのようなことを…」
しかも妃殿下のお従兄ですよ?ーその言葉も大公は気に留めなかった。
「いいから早く行って来い」
そうは言われても、帰ってくるなと言われている気がしてならなかった。幸い実家はこの付近にある。ーカテルイコフ伯爵家。彼女は父親の咎めも覚悟で、離縁の申し立てをしに司教館を訪ねた。
「カレナ大公妃より、司教とご面会を願い派遣されてまいりました。離縁のご請求で」
ー侍従が取り次ぎを頼むと、まだ若い輔祭が出て用件を尋ねた。
「ー承知いたしました、しばしお待ちを」
大公妃が面会希望というので、司祭たちを指導する手を止め司教は侍従に会いに来た。
「貴殿が妃殿下のご代理ですかな?」
「いかにも」
「ーして、離縁なされたいとはどういったご事情によりましょう」
司教の質問にも侍従はよどみなく答えた。
「それはたいそうなお話で」
司教の表情も暗くなった。
「…今朝の1件は、帝国へご帰還後ただちに上奏なされるはず」
「それが良いでしょう」
用件は承知したが離縁の是非が解るまで少しかかるので、滞在中の屋敷にとどまっていてほしいと司教は言った。ー大公妃は、離縁が確定するまで、何があったのか屋敷で調べることにした。申立の当日はそのまま披露宴へ出向き、皇太子の妹ーつまりルドヴィカーと過ごそうと彼女は決めた。従兄の身に起きた異変を伝えなければならない。
「…終わったら帰って来るのだろう?」
それから支度しようと大公は言った、だが彼女に夫と帰国する意思はなかった。女性に夫が使いを送ったと侍女から聞いていたからだ。
「実家に用事があるので、本日はそちらへ参ります」
「そうか。ー解った」
大公もそれ以上は言わなかった。
1つだけ問題があった。衣装は何とかなるが付き添いがいない。かと言って、夫に頼む気にも彼女はなれなかった。ー弟に頼もう。弟なら引き受けてくれるはず。ーそう考えて実家の扉を空けるとー
「イネッサ!…どうしたんだ!?」
見覚えのある青年が父親と話していた。
「これから披露宴へ行くところだ。お前も呼ばれたのか?」
父親のカテルイコフ伯爵は言った。
「大公のお姿がないわ」
サーシャの声だった。
イネッサはひと呼吸置いてから言った。
「私は離縁することにした」
「何だ。ー何かあったのか」
「ヴェストーザ公が屋敷で倒れて、…私には何も言わず披露宴に行けと夫が」
伯爵もドミトリィも黙り込んだ。
「ー大公は皇太子の親友だった。ーいや、親友のふりをしていたのか」
ドミトリィは言った。
「その他にも、懇意の女性を呼びに遣ったみたい。…相手は誰なのかしら」
イネッサが言うと彼はまた呟いた。
「考えたくないことばかりだな」
「本当に。これからどうなるのでしょう」
イネッサの言葉。ーそれ以上に、従兄の死をルドヴィカがどう受け止めるかドミトリィは気になった。
「公爵は摂政大公の嫡男だ。もし彼の死が本国に伝わったらー」
「まず和平継続は無理だろう。ー皇帝には甥となる人物だ、犯人や死の真相ガ明らかになるまで国境も閉ざされるかもしれん。そうなると妃殿下も帰国せざるを得ない」
伯父と2人でドミトリィは話していたが、皆披露宴を忘れていた。
「そろそろ始まる時間だな。ー行こうか」
「ーサーシャも行けるか?」
ドミトリィは妹に聞いた。だが、
「どなたからかお便りが来たの」
とサーシャは言うのだった。
「今回は夫も呼ばれていたそうで、私には〔ご主人をお借りします〕と。…姉様、行って来てくださる?」
あくまで夫の参加する宴に顔を出す気はない様子だ。
「お兄様を借りるわよ」
「どうぞ!」
満面の笑みをサーシャは浮かべた。ーそしてイネッサは舞踏服を着て披露宴へ行った。




