差し入れ
ー2組目の挙式が決まり、集まってまたは個人で有志が贈り物の準備をしている。その中にはエンリコの名前もある。ー彼は帰国に向け準備していたが、花嫁が公女ともなれば自分の姻戚にもなるわけで、結婚祝いを贈るため相応のものを取り寄せる必要があった。一般の貴族なら侍従などに尋ねさせることもできたのだが、エンリコは外交官で、いわば任務で訪問していたためそれは禁忌だった。
彼は最終的に現物でなく金銭で気持ちを表すことにした。つまり祝儀だ。
「これは個人的にと考えていいの?」
ルドヴィカが聞くと、
「察しがいいね、ルイーザ」
エンリコは従兄の顔になって笑った。
「…兄上が君のご夫君だからね。そうなると私の姻戚にもなるから、身内としていくらかお祝いの気持ちを伝えたかった」
ただ品物は選べなかった。ー彼は言った。
「…それでも十分喜ばれるわ」
「ーならいいんだが」
エンリコは言った、
「式が帰国の日程と被って、参加できないのが残念だ」
「それは仕方ないわ。…あなたにはご家族がいらっしゃるのだからそちらを優先して」
ールドヴィカは従兄にそう言った。
「そうだね」
エンリコも笑顔になった。
「カレナ大公もじきご帰国だから、手短に挨拶しておく。ー他の人にはよろしく伝えてくれ」
大公妃が以前皇太子に嫁いでいたため、彼は親族の礼も彼女に尽くそうとしていた。
「解ったわ。…帰ったら父と母によろしく」
「もちろん、お伝えします」
最後に臣下の対応を見せ、エンリコは従妹のそばを離れた。
ールドヴィカはまだ従姉に会っていない、なのでエンリコの姉の公爵夫人が来ているということも知らなかった。だが、エンリコがいつになく塞いでいるのを見て、彼にとって不都合な何かが起きたということは彼女にも解った。
「カレナ大公に?」
ユーゼフは尋ねた、ー妻が挨拶に行くとはどれほど重大なことがあったかと彼は驚いていた。
「帰国前に訪ねるのだそうです」
「ああ、…ヴェストーザ公か」
それでユーゼフも納得したが、
「大公も君たちと血縁があるのかな?そうやって顔を出すところからすると」
「そう見て頂いて構いませんわ。事実そうなのですから」
少し口調の重いルドヴィカだった。
皇太子が亡くなってから、彼の妃は大公に引き取られた。事実、未亡人は自分がもらうといい大公は皇太子妃を妻としたが、大公は結婚後ほとんど皇帝府へ現れていない。口に出して疑う者もいなかったが、
『彼が皇太子を死に追いやった』
と見る者は少なくなかった。
ーエンリコは大公夫妻を訪ね、結婚式への参加と贈答品への礼を申し述べた。外交官としてあくまで彼は表敬訪問していた。だが、大公には別に用事があった。
「都にはいかれなくなったから、陛下には君からお詫びを申し伝えてくれ」
「承知いたしました」
エンリコに大公は言った。すぐ出発するとエンリコは言ったが、大公は彼に茶と菓子を勧め、その場で食べさせた。大公妃はそれに反対だった。
「任務のご報告がまだ待っていたはず」
ー皇帝に報告する役目がエンリコには残っていた。
妻と執事を下がらせ、大公は侍女と腹心に
もてなしの準備をさせた。それをエンリコへ差し出させ、
「ー長旅だから少し入れて行け」
大公はそう言った。ーお言葉に甘えて。そう言うとエンリコは茶を口に入れたが、少しもしないうちに胸に痛みを訴え、倒れ込んだ。
「旦那様!ー公爵がお倒れに!!」
ー大公は平然としていた。
「何ですの、今の悲鳴は」
「気にしなくていい。ーそれより披露宴へ出るのだろう?早く支度したまえ」
時刻はもう9時課を回っていたがーとにかく夫に押し出されて大公妃は出る準備をした。
妻が出かけたのを確かめると、大公は侍従を使いに出した。
〔準備は整った。2人で食事にしよう〕
大公のいう食事が何を指すかは不明だ。




