輿入れ直前
世界史大好き人間です。
ー頭に思い浮かんだものを
セリフや文章にして書いています。
…気が向いたら読んでやってください。
以上です。。
ー姪が到着したというので、侯爵は後妻とその連れ子を呼び出した。皇女から指名され
後妻はすっかり硬くなっている。
「あなた、…殿下からご指名というのは…」
緊張した面持ちで奥方は問うたが、侯爵にもルドヴィカが妻や養子と会いたいというその理由は解らなかった。
「わしにも解らん。…あれと直に会ってみるほかなかろう」
そう話をしているうち、ルドヴィカは2人の前に姿を現した。
「伯父様、伯母様、…お久しゅうございます。急なご訪問をお許しくださいませ」
「まあ…殿下、ご機嫌麗しゅう。よくおいでくださいました。お懐かしゅうございます」
「そのお言葉を頂けて、私も幸せですわ」
ルドヴィカの顔を見た奥方はしかしその頬をほころばせた。
「わしは構わんが…。今になって急にあれと会いたいとはどういうことだ」
侯爵は不審がって尋ねた。ーあれというのはもちろん後妻の連れ子。侯爵の養子だ。
「どうしても彼に見せたいものがあって」
急いで来ました。ールドヴィカは言うが。
「何でございましょう…殿下から私の息子にお見せ頂けるものとは」
奥方は尋ねた、するとルドヴィカは
「お兄様と思われる方が…私の最初の婚約者なのですが」
「手がかりが見つかったということか」
侯爵は目を見開いた。
「お兄様は嫁ぎ先にいたようなので、夫となる方も、一度直に話を聞きたいと」
形の上ではいとこ同士だが、実際には血がつながっていないのでルドヴィカも彼の実の名を知らなかった。いろいろ話を聞いてみて
息子を連れ出しに来たことに夫人も気づいたのだが、夫人はルドヴィカに言った。
「ずいぶん経っておりますから、会っても互いに解りますかどうか」
「…兄弟でも長く会っていないと顔を忘れてしまうものでしょうか」
「そのような気がいたします」
ルドヴィカの問いかけに奥方はそう答えた。
父親の死んだのが3つの時で今は19ですから息子が兄を思い出せるかどうかですわ。
「では、16年は経ったのですね」
「ーええ」
ルドヴィカは夫人と話し込んでいて自分の目当てがいないことに気づいていない。だが話の種にはしていたらしい。懐かしがってもいるようで、
「ご子息のご身長はいかばかりに?」
「6フィートはございます」
などと他愛ない会話も出てきた。ーそれでも少しすると低めの声で遅くなりましたと誰か言うのが聞こえたため、奥方は扉を少し開け下の方を見た。息子の姿を認めた彼女は、
「やっと参りましたわ」
とルドヴィカに言った。階段の方では、
「もう来ておるからすぐ着替えろ」
と侯爵が養子に言っている。ールドヴィカは
幼馴染と会う前にその母親に書面を見せ、
「伯母様にもご覧頂きたいのですが、前に仕えてらした辺境伯の奥方はこの名前と見て良いのでしょうか」
と尋ねた。奥方は一目でそれと気づき、
「間違いございません。ー主人にこの名で呼ばれておりました」
と答える。それでルドヴィカも言った、
「では、エスターというのが逃げた正妻の名前とみてよいのですね」
「ええ」
ー話が一段落したところへ今度は戸を叩く音がした。
「ーどなた?」
奥方が問いかけると、侍従が中に入ってきて礼をした。
「ご子息をお連れしました」
「ありがとう。入れてちょうだい」
侍従が出て行くと、彼と入れ替わりで若者が部屋に入ってきた。背丈は6フィート弱で、金髪と淡い緑をした瞳。やや細い吊り気味の眉と切れ長の瞳。
「お待たせして申し訳ありません」
若者は母親と幼馴染に詫びを入れ、それから
母親の方を見た。
「母上、…殿下が私をご指名とは…?」
「兄上の行方が解ったそうよ」
「えっ兄上の…!?」
ー解って良かったというよりは、忘れかけた頃にという困惑を感じさせる反応だった。
「…何気なく話していたら、気になる言葉を聞いてしまって」
辺境伯がどうとか聞かれたので、ー途中までルドヴィカは言って、口を閉じた。だがその後に若者が言った。
「『辺境伯』…それがどうかしましたか?」
「その言葉が、公子のご親友だという私の婚約者の口から出てきたのです」
「ーすると私の兄は、殿下のお輿入れ先にいるということでしょうか」
「そう思ってください」
ーそれからルドヴィカは伯母に言った、
「しばらくご子息をお借りしても?」
すると奥方は、戸惑いがちに
「えっ…ええ、構いませんが」
と答えた。ー私の子を陛下のご息女と部屋で2人きりにして良いものかしら。殿下がそうおっしゃったからと言っても…。夫人は不安を覚えた。息子の方は、皇女から差し出された封筒に自分の宛名だけあったのを見て、
「…おふくろにみせられないものでもあったのか?ひょっとして」
と尋ねたのだが、ルドヴィカは
「私もそれは解らない」
と言ったきりだった。後ろで夫人の叱る声がする。殿下やお父様には敬称を使えといつも言っているでしょう!ーだが母親のその声を青年ははっきり無視していた。
「俺に直接開けろっていうのか」
青年はため息混じりだったが、
「私にも見せられないのですって」
ルドヴィカがそう言うので、ならすぐ開けるぞと言って彼は封を切った。だが中の紙面にあった内容を見て、彼は真っ青になった。
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フェルディナンドは無表情に封を開けたが一瞬でその目は見開かれた、そして食い入るように彼は書かれた内容を読み始めた。そうしていくうちに彼の顔からだんだん血の気が引いていった。
関わった人物の死亡日時や死因が事細かに書面に書かれている。軽く見ただけで10人はいるだろうー母親の侯爵夫人について言うとその数は倍になる。彼女は成人してから夫を何人も変えていたのだった。
「…これが、この男が俺の兄だって?」
ーフェルディナンドは目を背けた。
「年齢も顔も兄に似ているーだがこれじゃまるで殺人鬼だ」
信じられない。ー掠れた声で彼は言った。
ー何度も書面を見返してから彼は幼馴染を振り返った。そして彼女に尋ねた。
「ーこれはどこで調べたんだ?」
「スタンハウゼンで」
ルドヴィカは答えた。
「…スタンハウゼン?」
幼馴染の返答を彼は復唱した。ルドヴィカは言った、
「私が抱いたのと同じものを殿下も感じていらしたそうで…一緒に踊った時の会話から、私の婚約者の身の上を調査して頂いたの」
ルドヴィカはそう言った。だが幼馴染の方はまだ目を疑っている。
「これがその調査結果…?」
「ええ、そうよ」
ルドヴィカがうなずくと、
「…そうなのか」
幼馴染の声がだんだん弱くなって、最後にはため息に変わってしまった。彼は呟いた。
「ああ…兄貴…」
彼の手から力が抜けたため、彼の手元から書面が全て床に落ちた。ーこれが本当に俺の兄貴か?だが、ひょっとしたらこれは…。彼の脳裏を様々な思いが駆け巡った。
「あなたのお父様、辺境伯だったのよね」
ルドヴィカが尋ねるとフェルディナンドは
「…ああ」
と力ない声で答えた。
「舞踏会で踊った時、彼に聞かれたのよ。辺境伯の息子はどうしているのかと」
「『辺境伯の息子』はどうしたのかって?この…何だろう…お前の婚約者に?」
「…ええ」
そこまで聞くと、フェルディナンドは頭を抱え座り込んだ。ーまさか…。まさか俺の兄貴がそんな…。調査結果を見て、彼は気が遠くなりそうだった。
「ちょっと待ってくれ…」
兄の調合したもので大勢が死んでいること。兄の母親が行く先々で死別再婚を繰り返してきたこと。その2つだけで衝撃は十分すぎるほどあった。あまりに短い間隔で侯爵夫人が夫と死別していたことからして。
「あなた、…お兄様がいらっしゃるといつか私に言わなかった?お兄様を探していると」
「ー確かに言ったよ。実際探していたし」
だが、フェルディナンドは言った、ここまでひどいことを兄貴がするとは思えない。そう思いながら、調査結果として書かれた2人の生年月日と全名をもう一度読み直した。だがあまりに似通いすぎていて、別人とはとても思えないのだった。
「実際に別の人ならいいのだけど…私も彼の生い立ちは知らないから」
ルドヴィカは言った。
「ーそうか」
フェルディナンドはうなだれた。
「じゃあ、…会って確かめるほかないな」
気は進まないが。ーその声はまだ力が抜けたままだった。
「…どうする?できればというお話だから、あなたはお断りしてもいいのよ?」
ルドヴィカの問いかけにフェルディナンドは頭を抱えた。
「会いたいのはやまやまだが…」
「ー真実を知るのが怖い?」
ルドヴィカは幼馴染に尋ねた。それから少し間を置いてこう言った、
「無理に来いとは私も言わないわ。ただ、出発まで時間がないから」
ここで決めてもらうしかない。ーその言葉にフェルディナンドも覚悟を決めた。
「ー侯爵は公子の親友と言ったよな?」
「ええ」
「そうしたら、公子のお口から向こうでの生活ぶりも解るよな」
「…私はそう思うけど」
ー解った。フェルディナンドは言った。
「俺も一緒に行くよ。…身内に会える唯一の機会だし、天使と言われる向こうの公子とも一度会ってみたい」
「あなたは私の護衛として加わってもらう形になるけれど、それで構わないかしら」
ールドヴィカは言った。フェルディナンドも
「それでいい」
と答え、式の日取りを尋ねた。ルドヴィカは
「3か月後に」
と言った。ー半月かけて国境まで行ったら、婚約式を内輪でやってその後に。それを聞き
「解った。ーすぐ支度する」
と、フェルディナンドは身支度を整えるため自室へ行った。ルドヴィカは外交官を務める従兄に、つまり、エンリコに電報を送った。着ていく衣装を調達し送ってもらうためだ。
そうして首都のフラウィリアと侯爵領、この2箇所で輿入れ準備が進められた。
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電報を受け取ったエンリコは、準備できていたものをみな荷馬車で侯爵領へと送った。護衛につく若者たちにも、出発日時を知らせ待機させた。ー7日間の差はあるので、都にいる者はそれだけ早く出ないといけない。
「護衛は間に合うのですか?一人足りないように思いますが…」
そう尋ねた若者もいたが、1人は侯爵領で合流する予定だとエンリコは答えた。だが、そういうエンリコも、護衛に入る若者の名はこれまで聞いたことがなかった。ー誰だろうこの若者は?密会などしていないだろうな。そう思って急に不安を感じたエンリコだが、皇女のやることだからと全て受け入れた。
「あなたも一緒にいらっしゃるの?」
妻に尋ねられて、エンリコはああ、と一言答えた。
「外交官だからな。ー行かないわけには」
済まないが留守を守っていてくれ。ー妻にはそれだけ言って彼は支度を急いだ。だが彼も内心は不安でいっぱいだった。ー政略結婚と知っていてなぜルイーザは行く気になった?元の婚約者が恋しいのか?それとも…。ーだがそれを表に出すわけにはいかなかった。
ほとんどの部分はルドヴィカがユーゼフとやり取りして決めていた、なのでエンリコも詳しいことまでは解らない。それにしても、ーエンリコは思った、なぜ私には相談に来てくれないのだろう。これでもいとこなのに。自分から他国へ嫁ぎたいと言ったり、そうかと思えば出発する頃に男と会いに行ったり、
彼は従妹の動く動機がつかめず悩んでいた。
しばらく考え込んでいた時、五年前死んだ従兄の言葉を彼は思い出した。
『ルイーザは都のやり方に慣れていない。君も戸惑うだろうが、本人に合わせてやってくれ』
祖母に忌避され都にいづらくなった黒い髪と琥珀の瞳を持つ皇女。彼女はまだ幼いうちに母方の伯父に引き取られ、侯爵家の跡取りとして育てられた。伯父のもとで育つうちに、いつしか宮廷にいるどの貴婦人よりも気高い女性になっていたのだがーその従妹が周りに名の通らない無名の若者を護衛に呼ぶことにエンリコは不安を覚えるのだった。ー誰にも名を知られていないから安全というわけではないだろう?せめて私には教えてくれても…。エンリコの胸には寂しさ切なさも少なからず積み重なっていた。
ー早くも出発する日がやって来て、都でも侯爵領でも積み荷や随員の確認に追われ皆が
鐘の音を気にするようになった。馬の蹄から馬車の車輪、御者や侍女の衣装に至るまで、細かく世話係の監視がつけられやっと準備が整った。
空の馬車を一台と持参金などの載っている荷馬車二台、それと予備の荷馬車一台を都で調達しエンリコは侯爵領に向かった。さて、侯爵領に着くと、背の高い若者が馬と一緒に立っている。
「君か?護衛に加わってくれるのは」
「はい、ー閣下」
笑顔はなかったが、きわめて簡潔な、そして落ち着いた受け答えだった。
「私が隊長のヴェストーザだ。よろしく」
エンリコが自己紹介をすると。
「お初にお目にかかります。殿下からよく伺っておりました。…お目通りがかない光栄に存じます」
フェランとお呼びください。ー握手しながら若者はそう告げた。そこでやっとエンリコも彼の笑顔を見ることができた。ーなるほど、この若者なら信用できそうだ。二人の交わす会話を他の若者は不思議そうに見守った。
「よろしくフェラン。せっかくだから君と一緒に護衛する仲間を紹介しよう。こちらへ出てきてくれ」
馬車の護衛隊をエンリコは若者に紹介した、だがこの若者はエンリコ以外に笑顔を見せることはしなかった。ー彼が皇女と知り合いというのでやっかみや窯掛けをするものがいたためだった。それがエンリコにはまた悩みの種になってしまった。
「ー出発前から喧嘩の種を蒔くのはやめてくれ」
エンリコは言ったが、この制止が若者たちにどこまで届いたか解らない。とにかく出発の日時になり、後は主役を待つだけになった。
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主役の様子を見に行くためエンリコは馬を降り歩き出した。だが城の前には人だかりがあって、とても入れそうにない。彼の動きをフェルディナンドは心配そうに眺めていたが、最後まで何も言わなかった。
馬車の前に戻るとエンリコは彼に言った。
「ここはいつもこういう状態なのか?」
「ーいいえ」
フェルディナンドは答えた、
「今日だけだと思います」
「何…今日だけ?」
エンリコは絶句した。ーこれを見る限り私の任地よりずっと裕福だ。入口で納品の順番を待つ職人や商人の列、警備に立ち並ぶ大勢の市民兵、贈り物を携えてやって来た諸外国・諸領邦の代表団。ー都市部にいる市民兵は、ごく当然だが、何か大きな理由でもない限り領主の管轄まで入って来ない。他にも花束を持った庶民が大勢並んでいた。
「これが…これが私の従妹…」
エンリコは感動してしまった。
内部では最後の仕上げが大急ぎで行われていた。タフタやビロードのドレスに肌着類、コルセットやストッキング、クリノリンー。部屋の奥では、侍女が二人がかりで服を着せている。
「もう少し、もう少しで終わりますから息を詰めててくださいな」
少し横幅のある中年女性が言うと、
「解ったわ」
笑いながらルドヴィカは答えた。
「この上に何着でしたっけ?姫様のお召しになるのは」
「⋯後3着は要るよ。お輿入れ先がここより寒いんだから」
侍女たちは話し合っている。
宮殿の外は霜の降りる寒さで、列をなしている庶民は外套もあまり上等でないため、皆縮こまっていた。警備兵が松明を手に品物を見て回っているが、最後尾まで手が回らない。ーそのうち兵士の一人が言った、
「これだとだいぶかかるぞ。ー見ろ、門の手前まで行列ができてる」
「う⋯こんな人数がいるのか⋯」
相棒の指差す方を見てもう一人は低く呻く。
ー列の半分近くまで兵士の下調べが済むと、順番待ちしていた職人がこう言った。
「全員が納め終わるまでどのくらい待つんですかね?あまり寒くて、もうあっしら凍えちまって⋯」
腕をさすりながら震え声で尋ねると、
「いやな、⋯倉庫がいっぱいなんでまだ入り切らねえんだよ。中のが空になったら少しずつ入れてくけど」
「まだ入らねえって⋯、そうしたらあっしらいつ帰れんですか!?」
「まあ待っててくれよ。中の人間に話して人を連れてくるから」
寒い中待たせて悪いと言いつつ兵士は 品物の数を照合していく。検分待ちが三分の一まで減ると、兵士は相棒にも声をかけ宮殿の中を見に行った。奥はもうだいぶ落ち着いたのか、何人かが行き来する程度で他には動きがない。
階段の脇には話し込んでいる男たちが見える。
「おう、そこで何を話してるんだ」
「聞いたか?ー閣下の姪御さんたちは都でお相手交換になったそうだ。完全にじゃないが」
「えっ⋯じゃあルドヴィカ様は⋯」
「上の姫さんが付き合ってらした貴公子とご結婚なさるらしい」
今月中には挙式だったっていうのに、本当にお気の毒だよな。ー仲間と立ち話をしてから警備兵はやっと思い出した。
「そうだ、積み荷の検分を手伝ってもらえねえか?俺らじゃ手が回らなくて」
「そのくれえお安い御用だ」
兵士たちは仲間の頼みを聞き入れ、足早に外へ出て行った。彼らの動きをルドヴィカは上の階から見つめていた。
「下は忙しそうね」
「姫様のご婚礼があるんですもの、それは忙しいですわ」
若い侍女は明るく笑う。彼女は話をしながら器用にコルセットを結い上げていった。
「婚礼はまだ先よ」
ルドヴィカは答えた。ー低いが温かみのある声だった。年配の侍女は、衣装室から厚手のベルベットで仕立てられたドレスを一着取り出し、彼女に着せていった。
「⋯向こうでは雪も近いと聞きますから。春までこのドレスを着けていてくださいまし」
花嫁が薄着で倒れたなんて笑い話にもなりませんから。ーこの侍女はそうも言った。
「そうね。ー気をつけるわ」
侍女たちはまた衣装室の奥へ入り込んだ。彼女たちが取り出したのは見事なドレープのある赤いドレスと金茶色をしたベルベットのケープードレスの袖は総レースだ。ドレスに肩掛け、外套⋯最後に髪型まで仕上がると、侍女たちはやっと一息つきこう言った。
「⋯済みました」
輿入れの支度が済んだという意味だ。
「姫様⋯なんてお綺麗な⋯」
年配の侍女が目を潤ませている。若い侍女たちは感激と感傷にすすり泣きを始めてしまった。
「もうここではお目にかかれませんね!」
「あちらでもお元気でいてくださいませ!」
「ありがとう。皆も元気で」
侍女たちに別れの挨拶をするとルドヴィカは外靴に履き替えた。深呼吸を一つして部屋の扉を開け階段へー。彼女はそこで伯父の姿を認めた。
「…とうとう出発だな」
侯爵は言った、
「はい、伯父上」
ルドヴィカが言うと侯爵は黙ってうなずき、両腕の中に彼女を抱き締めた。それから彼は静かに呟いた。
「そなたを見ることができるのは、この先ないかも知れんな」
ー外では馬車や護衛騎士たちが出番を待っている。
「そなたを向こうにやるのはわしとしてはあまり気乗りせんが⋯、先方のたっての望みと聞く。すまんがどうか耐えてくれ」
「ー解りました。立ち居振る舞いは最大限慎みます」
それを聞いて侯爵は自分の左手を差し出し、
「では、行こう」
「…はい」
侯爵が姪の手を取って出てくると、沿道から歓声が沸き起こった。ーエンリコは馬を降り侯爵と従妹のそばへ近寄った。
「閣下、…本日はお役目痛み入る」
「ーそちらこそお見送りご苦労」
ルドヴィカは二人の挨拶が済むと従兄の手を取って馬車の方へ歩いた。エンリコは馬車の中に彼女を乗せ、
「出発する」
と御者に合図した。フェルディナンドは彼の動きに従い、軽く馬の腹を蹴った。そうして馬車はついに動き出した。
「姫様お元気で!!」
「ここから見守ってます!」
庶民の声援を受けルドヴィカは涙ぐんだ。
「ありがとう、皆もどうか元気で!」
窓へ投げ込まれる花束で馬車は香りだらけになりー
「やたら香水臭くなったぞ」
エンリコは従妹に言った、ルドヴィカはその言葉に笑ってしまった。
「奥方はこういうのお嫌い?」
「もらったことも買ったこともない」
やや無愛想になったエンリコだったが。
「ごめんなさい、…少ししたら窓を閉めるわ」
というので彼の機嫌も収まった。その様子をフェルディナンドは静かに見守った。
…本文を再編中です。
まとまるまで少々かかりますが、
どうかご了承くださいませ