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その花は天地の間に咲く 前編  作者: 檜崎 薫
第二部
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無作法

 ードミトリィは、カルナッハ公爵の誘いを妹に話してみた。彼の妹は、ギーゼラとも、シャルロッテとも仲が良かった。それで彼は妹と2人で参加することにしたがーそれには大きな動機があった。3年前から2人の弟は消息を絶っている。もう帰ってこないのだと2人とも知っていたが、何が起きたかは知りたかった。

 弟が奉公に出た先はクレステンベルクだ。城主のクラウスが3年前に死亡、彼の妻は従姉の嫁ぎ先で見つかり、しまいには他人と婚約してしまった。何もないはずがないのだ。

 「私は少し泊まってくるが、お前は私より先に戻ってくれ」

 兄に言われ、サーシャはなぜかと尋ねた。

 「カルナッハ公爵と話して来る。できたら妃殿下ともお話ししたいーこちらはあくまで私の希望だが」

 「ユーゼフ殿下のお妃と?」

ーサーシャは言った。

 「お兄様、…殿下と仲良かったの?」

 「…いや」

ドミトリィは少し声を低くした。

 「私も殿下と仲良くなかった。ー結婚式に殿下の姿があった理由を知りたいんだ」

 「…ユーゼフ様が式に出ていた理由を?」

サーシャの顔色が曇った。

 「式の後から、クラウス卿が側近と口論になった。それにー」

 ドミトリィは言った。

 「結婚して1年もしたら卿は亡くなった。その奥方が今では殿下のお妃だ」

 「…殿下にもご本命はいらしたでしょう?」

サーシャは言うがー

 「ー仲の良い友達と聞いていた」

 「クラウス卿の方は?」

 「結婚前提でと皇太子に話していた。先に文通もしていたそうだ」

ドミトリィは妹にそう話した。 

 結婚前提で交際したい。ーこの言葉は聞く者の心を時に揺さぶり、時には強張らせる。だがその言葉が本物かどうか、当事者にしか解らない。クラウスはその言葉を何回も口にしたというが、それを実際に見た者も聞いた者もいなかった。だが遊び人だという評判は社交界に知れ渡り、踊りの相手になる女性も彼は見つけられなくなっていた。社交界から身を引くことを考え始めた頃、ルドヴィカは彼の前に現れたのだ。

 もともと手紙はやり取りしていたので打ち解けるのは早かった。共通点も多かったので2人の会話も弾んでいた。ーこの光景を見た者は眉を顰め、皇太子に告げ口する。だが、皇太子もクラウスと妹の交流を妨げる気にはならなかった。

 「ー皇太子と引き合わせたのは私だ。私が卿と皇太子を引き合わせて、それで妃殿下も卿と知り合われた。…合わせる顔がない」

 ドミトリィは言った、

 「合わせる顔はないがー弟の奉公先も卿の城だったから、弟の身に何が起きたかを探ることはできるはずだ」

 「それは危険なことではなくて?」

サーシャは呟く。

 「お兄様までいなくなったら、私…」

ー泣き出しそうな妹をドミトリィは腕の中で抱き締めた。妹の背中を何度も撫でて、彼は囁いた。

 「大丈夫だ。ー必ず戻って来る」

 「…本当に?」

 「もちろん」

弟のためにも自分だけは必ずこの城に戻ってみせる。

 ー保証はなかった。ほとんどドミトリィの気概だけだったと言っていい。皇女の従姉だという愛人のアステンブリヤ公爵夫人、妹の夫になった、大公の甥のカフトルツ侯爵ー。信じきれない人物が多くいる中で信頼できる唯一の相手、それはルドヴィカだった。彼にとっては親友の妹で、弟から見ると奉公先の女主人だ。皇太子もクラウスも今では生きていない。だがルドヴィカならまだクラウスのことを覚えているはずだった。

 ルドヴィカが参加すると確認すると、彼は妹に言った。

 「妃殿下もご参加のご予定らしい。一緒に来ないか?」

 「…私が?」

 「緩衝材にして悪いがー何ならお前だけは公女の領地に泊まってもいい」

シャルロッテが泊めてくれるというので少し羽根を伸ばしてこいという。だがサーシャは言った。

 「いくら妹に頼むとはいえ、お兄様。女を緩衝材になんて無作法じゃありません?」 

少し眉を吊り上げて彼女は怒ってみせた。 

 「今回だけだ。ー許してくれ」

 無作法と言いながら兄の頼みをサーシャは聞く気でいた、それで衣装係を呼び舞踏服をすべて取り出させた。ーその中で一番上等なものを念入りに手入れさせ、それを身に纏い彼女は兄と城を出た。

 「叔父上のところへ参ります。ー披露宴の前に」

 「気をつけて楽しんで来い」

父親は言った。ー皇太子の妹に、クラウスの妻に会う覚悟はこれでやっとできた。そして兄妹は伯父の居城を訪れた。

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