密告
舞踏会もたけなわを過ぎ、大広間に残った参加者もまばらだった。だが、広間に残った者の中に何人か顔見知りがいた。大公の娘のシャルロッテとその婚約者イマヌエル。隣に緑色の瞳をした青年がいた。ードミトリィの従姉がこの青年と話をしている。
「妃殿下、よくぞお見えに」
差し出された手にドミトリィは気持ち唇を載せた、
「本日はお会いできて光栄です」
「あなたもお元気そうね」
ーカレナ大公妃が微笑んだ。
「フェルディナンド卿、紹介するわ」
大公妃に言われ、フェルディナンドは静かに立ち上がった。
「私の従弟でドミトリィ・カダルシェフ。公爵家の嫡男です。」
「カダルシェフだ。ーよろしく」
「お初にお目通りいたします、閣下」
ドミトリィの挨拶を受けフェルディナンドも丁寧に挨拶を返した。
「義妹の幼馴染でサヴァスキータ侯爵家のご世子フェルディナンド卿」
ー名前通りの好青年だな。ー皇女の幼馴染というこの青年を一目見て、ドミトリィは気に入った。〈フェルディナンド〉この名前は、古い時代に使われていた、〈勇敢な旅人〉という意味の単語から来ているらしい。年齢はずっと若かったが大人びた印象があった。
「先ほど義妹と言ったが、君やご兄弟が、皇帝の姻戚だったのか」
ドミトリィは大公妃に尋ねた、
「前の夫が皇太子だったので」
彼に大公妃はそう短く答えた。
「君が皇太子妃だった…?初めて聞いた」
「…いろいろあってそうなりました」
感慨に耽る2人をよそに、周りはそれぞれ立ち上がり踊りを楽しんでいた。クーラント2曲に続いてシャコンヌが3曲とアントレ・グラーブ3曲。それで種目は終わりだった。
「…卿は踊らなくて?」
「せっかくですが、私は不慣れで」
「あら。ー妹と踊ってくださるお姿を見てみたかったのに」
「申し訳ありません。ー殿下の練習相手も断ってしまったので、ご勘弁ください」
大公妃とフェルディナンドの会話。
「叔父上もここに?」
ードミトリィは従姉に尋ねた。
「摂政大公のところだと思うわ」
「一度大公と話をしたい」
案内を頼めないか?ードミトリィに言われ、大公妃はフェルディナンドの方を見た。
「お願いしていいかしら?」
自分が帝国の籍を出た以上は、彼女も単独で動けなかった。ーフェルディナンドは黙ってうなずくと、ご案内しますと言い摂政大公のところへ彼を連れて行った。摂政大公は誰と話すこともなく1人で物思いをしている。
「ーご無礼を申し上げます、閣下」
フェルディナンドが小声で囁くと、大公は目を開けた。
「サヴァスキータか。ーどうした?」
「カダルシェフ公爵がお話しになりたいと」
案内が済むとフェルディナンドはもとの席に戻った。
「…そうか」
それで摂政大公も顔を正面に向けた。
「わしに折り入って話とは、何かな」
大公はドミトリィに言った、
「先ほどご息女とお会いしました」
「何!?ー娘と会った?」
「はい」
ドミトリィの言葉で、大公の表情が険しくなった。
「娘は何と申した?兄から既に帰還命令も出ておるが」
「弟君とは別行動だと」
ドミトリィは言った。
「ご再婚を検討中と伺いましたが、…あれはご本心でしょうか」
「再婚か。ーよう言うたな」
摂政大公は低く毒づいた。
「探したところで、見合う再婚相手はもうおらんぞ」
「ーそうでしたか」
「他にはなにか言っておったか?」
「何も聞いておりません。ーですが夫君は離縁にご同意なさるのでしょうか」
「それも解らん」
摂政大公は言った。
「私からお話しできるのは以上です。ただご息女のご動向が何やら不気味で」
ドミトリィが言うと摂政大公は笑い出した。
「それが正常な感覚だ。アステンブリヤに嫁ぐと聞いた時から、わしも、倅も、…あれの感覚について来られなんだ」
「3年前の事件でご息女は?」
「何も言っておらなんだがー夫の代わりにやたら年下の男を連れ込んだらしいな。男の風貌は解らんが」
そこで2人の会話は終わった。摂政大公に面会の礼を述べてドミトリィはその前を立ち去った。伯父のいる場所を彼は聞いてみたが伯父のカテルイコフ伯爵は帰ったという。
舞踏会も終わりに近かったので、主催者に挨拶して帰ろうとドミトリィは彼らの席へと向かった。そこにカルナッハ公爵夫妻の姿もあった。
「もうお帰りですか」
「いろいろ用事があって長居できません」
「そうでしたか。ーではまた次回」
ドミトリィに迎えをよこすと言うので、彼はその誘いを受けることにした。次の舞踏会はカルナッハ城で3日後からだった。




