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結婚式が無事終わり、厳かな感動の中皆が披露宴に向かっていた頃。エンリコは名前の挙がっていない者が1人参列していたことに気づいた。彼は全ての任務を終え帰国準備にかかるはずだった。
式場は片付けの始まったところで、護衛も既に退場していた。残ったのは主催者だけ。父の代理で挨拶だけしようと、カレナ大公は夫妻で式場に残り大公やその妹夫婦のそばに来ていたのだったがーハウデンブルグ伯爵もエンリコと同じように珍客に気づいていた。だが表立って声は挙げられなかった。
「ヴェストーザ公、…任務のご遂行を無事に果たされたことお慶び申し上げます。どうぞ無事にお帰りになって」
大公妃は言った、
「これでもう気兼ねなく奥方やお子たちにお会いになれますわね」
「痛み入ります、大公妃殿下ー」
エンリコも大公妃のねぎらいに感謝し、
「陛下や閣下のご助力もあって無事終えることができました。私1人ではとても果たせなかったでしょう」
ー彼の言う大公とは話者の夫、つまりカレナ大公のことだった。彼は亡くなった皇太子の盟友で、皇太子の没後、その妻を自身の妻に迎えていた。なので大公妃とルドヴィカとは義姉妹ということになる。
「これはこれはご謙遜をー」
大公の言葉。エンリコの言葉に彼は笑い声を立てた。
「婚約成立まで、公爵が1人で駆け回っていたというではないか」
「あくまで話ですよ」
最後は陛下並びにそのご息女のご決断ありきでしたから。ー彼は大公にそう話した。
「私は支度がありますので、これで」
大公夫妻のもとを出たエンリコだが、彼は父親に引き止められた。
「ー何か知らせが来ていないか?」
摂政大公は言った、
「娘の様子がおかしい。ー偵察させたが、ここ一月の間は姿を見ないという」
「姉上がーアステンブリヤ公妃が?」
エンリコも顔色を失った。
「それは知りませんでした。ー招待客には入れていませんし、参加したいという打診もこちらには」
「ー来なかったのだな」
「はい。…ただ、公爵がこちらへ来まして、その件でファウーダ伯爵家と公爵家両方から電報がありました」
「ほう。わしのもとに来て豪語しておったが、やはり来たか」
摂政大公は鼻で笑った。だがー
「面会できなかったため、殿下のご住居へ侵入したとも、サヴァスキータ家のご世子に取り押さえられたとも聞いております」
「ユーゼフ殿下の城へ忍び込んだと?」
「ーはい」
息子の話に気分が重くなる摂政大公だったが、少し気を持ち直すとこう言った。
「わしは伯父上の代理でもあるから、この先しばらくとどまることにする。ー27日もしないうちに帰るが(二週間後には帰国するの意)、帰ったら、伯父上によろしく伝えてくれ」
「承知しました」
「万一お前の姉を見つけたら、すぐにでも帰国するよう厳命せよ。ー夫婦揃って任務を放棄するとは何事かと陛下がご立腹だ」
「心得ました」
息子の反応に満足し摂政大公はうなずくが、彼はさらに言った。
「もしお前が言って従わないなら、その時はわしが自分の口から言う。ー陛下から爵位の剥奪についても仰せつかったからな。すぐにわしのところへ来るよう公妃に言ってくれ。お前の言葉をはねつけるなら、嫌でもそれに従わざるを得ないようにしてやる」
「解りました」
ーユーゼフの親族や自分の父親から離れ、エンリコは自身のあてがわれていた客室へと向かった。だが、ずいぶん聞いていない古い知り合いの声を彼は聞いた気がした。近くにいるのかと辺りを見回したが、彼は見つけることができなかった。それでエンリコも気のせいだろうと足を進めたのだがー出入口まで来て彼は誰かに腕を掴まれた。
「実の姉を見て逃げ出すとは、いったいどういうことなの?」
ーエンリコの目をまっすぐ見据えながら、相手は彼を問い詰めた。
「姉上ー」
一番会いたくない人に会ってしまった。この大事な時に。ーエンリコの目の前が真っ暗になった。




