追憶
摂政大公の付き添いでルドヴィカは式場へ現れた。その美しさ華やかさに見惚れ、誰もよそ見をする者はいない。だが、ただ1人、何かを思い出し呆然となった者がいる。
フェルディナンドだった。幼い頃に母親が身につけたのを見て以来、彼はこのドレスの存在をずっと忘れていた。だが、見ただけで遠い昔を思い出してしまった。ーあれは確かおふくろが仕立ててもらった衣装だ…。そして気づかぬうちに、彼は両の瞳から涙が流していた。
『これを私に下さるのですか?』
『もちろんだ。ーわしの妻なのだからな』
母親と侯爵の会話。ーフェルディナンドは
『これをあのお姫様に着せてみたい』
と母親にねだった。〈お姫様〉が誰のことか解らず夫人はえっ?えっ?となっていたが、
侯爵はそれを見ながら含み笑いしていた。
『誰なの?ーお前の言うお姫様って』
やっとのことで夫人はそう聞いたがー息子もまだそれを口にできる歳ではなかった。横にいた侯爵が
『わしの姪だ。ーほらあそこにおる』
とルドヴィカを指し、夫人は恥ずかしさから真っ赤になってしまった。
『皇太子様のご息女ですよ。着せてみたいも何も、あなたがそう軽い気持ちで口にしていい相手じゃない』
侯爵は何も言わず見守っていた、ただ衣装のことはその時が来たらもう一度母親に聞いてみろといいー
『まあ、そなたならあれともうまくやっていけるかもしれん』
と彼に話したのだった。
2人が知り合ってから18年は経つ。だが、知らず知らずのうちにそれぞれが互いの目を通して自己認識していたらしく、何かあると目配せで確認し合うのだった。思春期を経て少しずつ2人の感覚に差異が生じーすれ違い物別れに終わることも増えてはきたが、そのせいで2人が完全に断交するということにはならなかった。ただ、今回は事情が違った。ー本当は一緒にいたかった、でも…。どちらも自分の本音を出せないまま言葉を呑み込んだので、ルドヴィカも、フェルディナンドも、次はないかも知れないという思いを強くしていた。
誰も彼の方を見ていないから、涙が自分の頬を伝うのも彼は気にせずに済んだ。だが、自分の横で見たかったという気持ちは残ってしまい、きれいだ、よく似合うという賛辞の他に個人的な残念感も彼の中に沸き起こってきた。きれいなだけでなく、皆が圧倒されるほど気品も威厳も備わっていた。
「ああ…この威厳は…」
「さすがは大国の皇女だ。貫禄が違う」
誰もがうなずき合い、新郎新婦を見守っている。フェルディナンドも少し時間をおいてから自分を取り戻し、幼馴染の晴れ姿に深い感動と称賛の念を覚えながら任務に戻った。
陸軍元帥が号令を発し式場の衛兵を指揮する中、フェルディナンドはその号令に秒も違うことなく従った。君主階級の結婚式なので、一般兵ではなく貴族の子弟が護衛にあたっていた。
ーイマヌエルもフェルディナンドと同様、式の護衛に就いていた。盟友が涙する様子に彼は気づいたのだが、既に事情は聞いていたためそれを咎めはしなかった。ーもしこれで泣かないとしたら、そちらの方がどうかしている。本当ならやはり自分の花嫁としてこの衣装を着てほしかったはずだ。ー青年2人が感動や物思いに耽る中結婚式は終わり、皆の見つめる前をユーゼフとルドヴィカは静かに退場したのだった。




