姻戚
主催者側の面子を集め、結婚式の開式から終了までを決める打ち合わせが宮殿の一室で始まった。ー新郎側からはユーゼフの父親である大公と叔母のハウデンブルク伯爵夫人、それに母方の従兄のカフトルツ侯爵、彼らがその配偶者とともに出席。ー新婦側からは、ルドヴィカの叔父カンブレーゼ大公と従兄のヴェストーザ公爵が単身で出席した(彼らも既婚者だったが、それぞれ異なる理由があり妻の方は出席しなかった)。ハウデンブルグ伯爵ー彼も夫人同様に義姉の大公妃を嫌っていたーただ喪中のため不謹慎なので、義姉の死を聞き安堵はしていたが、夫妻のどちらもそれを表に出さなかった。
なぜ大公妃が嫌われたのかーそれは彼女が兄に固執し、その不始末を夫に全て負わせてきたからだ。エルンストのこともクラウスのことも自分たちは我関せずで済ませ、大公が尻拭いするようになった。初めに産んだ子は侯爵家で育ったがー正妻の子でないので彼は嫡男とされず婿に出されてしまった。さらにクラウスたちの母親も大公妃は始末させた。
兄の女癖を隠すためにそうさせたのだった。
『男爵の娘なのでしょう?ー誰も気になどかけますまいー殺しておしまいなさい』
夫が気に入ったのを知って、彼女はなおさら妬ましかった。だがこの人が甥の愛人だったということを大公妃は知らなかった。
『子どもたちはどこか僻地へ追いやって』
それでクラウスは、ほぼ孤立に等しい、あのクレステンベルクヘ派遣されたのだ。そして彼は結婚後1年ばかりで妻子と引き離され、アステンブリヤ公爵家の地下牢で獄死する。
これを知ったシャルロッテが見過ごすはずもなかった。それで母親と兄の敵を取ろうと、彼女は機会を窺っていたのだ。
ー結婚式の式次第を皆考えたのだが、誰も参列する招待客の人数を覚えていなかった。それでカンブレーゼ大公は尋ねたー
「明日はどれだけのご来賓が見込まれるのでしたかな」
「百名ほどになろうかとーおおよそで申し訳ないが」
答えたのはハウデンブルグ伯爵だった。彼は出席者ではほぼ見識ある者として皆の期待を集めていた。
「それは結構ですな」
ー大公は言った、
「して、どちらの司祭が司式をしてくれるのでありましょう」
「ハプルシコーフェンの」
「ハプルシコーフェン!?」
カフトルツ侯爵がそう言うと、皆が固まってしまった。ハプルシコーフェンは、老侯爵が孫娘の領地として授かった村だった。つまりこの一帯はシャルロッテの拠点なのだ。
ハウデンブルグ伯爵夫人は、それに異議を唱えた。
「お兄上のためといえ、公女殿下のご領地から人をお借り受けなどすることがなぜ通るのですか」
夫人は言った、すると侯爵は
「外野は黙っていて頂きたい」
これは帝国と我々とで解決するので。ー彼は そう言い切った。その物言いにさらに会議の雰囲気は冷え切ってしまった。だが、侯爵はそれを意に介せず続けたー
「叔母の追悼も兼ね、舞踏会を開きたいが皆様ご賛成頂けまいか」
「…自分は妻を残してきたので辞退します」
これはヴェストーザ公の、つまりエンリコの言葉だった。カンブレーゼ大公も息子と同じ意味のことを言った。ハウデンブルグ伯爵とカフトルツ侯爵、彼らは賛成のみしか大公に示すことができず、残りは主役の2人だけになった。
「喪中なので辞退します」
と、ごく当然の返答をするユーゼフだったがそれに侯爵は食いついた。
「お世継ぎのお祝いなのですから、主役にぜひ踊って頂きたい」
「ー私も殿下に倣いますわ」
ルドヴィカは言った。
「後1年はお待ちくださいませ」
舞踏会はそれからでも良うございませんか?ー彼女はそう告げると、ユーゼフの方に目を遣った。ユーゼフは小声でありがとうと言い
「妻の意見と一緒です。ー舞踏会は翌年ということでお願いしたい」
そう、彼は侯爵に言ったのだがー従兄に押し切られてしまった。
「亡き妃殿下が殿下のご成婚を長く待っておられたのに、それですか」
舞踏会を開いてお祝いしましょうぞ。ーそう言われ、ユーゼフは最後に反撃に出た。
「解りました。やりましょう。ーただし、侯爵ご夫妻は舞踏会不参加として頂きます。自分としても母の気持ちを知らなかったわけではない。亡くなってまだ一月足らずなので舞踏会は後でと申し上げたのです」
それをあまりに歪曲なさった。ーさらに彼は言った。
「司祭も別領地から出してもらう。ー妹の領地を無断で空けさせるわけには行くまい。ー叔父上、お願いできませんか?」
「司祭の派遣ですか?ー喜んで」
ハウデンブルグ伯爵夫妻は笑顔で甥の頼みに答えた、それで結婚式の準備はほぼ整った。
「これで良かったのですか?」
皆が立ち去った後にルドヴィカは尋ねた、
「お従兄の侯爵をあのようにー」
「今回ばかりは従ってもらう」
ユーゼフはそう答えた。
「あの一族にはいつも辟易している。兄のこと妹のこと、全て父や僕の目には届かないうちに黙って処理されてー父が養子を取っていたことも、僕は4年前まで知らなかった。そのうえ彼が伯父の隠し子だとはー本当に、なんとも言いようがない」
「私の前の夫のことが…?」
「そう。ーでも、締め出すわけじゃない」
楽しみはお預けにしただけだよ。ー彼は軽く微笑みながら言った。
「…ああまでおっしゃるとは、…殿下」
ユーゼフはそれに何も答えなかった。明日の結果が全てだとだけ言いールドヴィカの手を取って、彼はさあ寝ようと城へ連れ帰った。そしてついに結婚式の日が訪れた。




