叔父と甥
ユーゼフと面会するため、カルナッハ公は妻と少年とを連れ宮殿へやって来た。翌日の主役である新郎新婦への祝福や挨拶を送り、前夫との間に産んだ子をルドヴィカのもとに連れてくるのが今回の目的だった。兄の子を引き取って育てたいー公爵はその意思を汲み実現に向け協力したのだ。
だが、1つだけ心配があった。ユーゼフはクラウスと血がつながっていなかった。もしユーゼフが知ったらどうなるか。結婚自体が反故になるかも知れず、夫妻は悩んでいた。
「殿下に打ち明けては良くないでしょうか…」
夫人は気分が沈んでしまい、面会へ向かう気力もすり減ってしまっていた。
「血のつながりがない少年を殿下がお引き取りになるかどうか、…それが私には気になります」
「ーそうだな」
公爵もうなずいた。
「閣下がなぜあの方をご子息とお呼ばせになったのかも」
夫人は続けて言う。
「ひょっとして、私を抱いたのがどなたか閣下はご存知だったのではー」
「うむ。…」
夫妻の間に重い空気が漂っていた。
次男も翌年までに結婚する。その頃には、公爵の位も、きれいに引き継げるようにしておきたい。そうすれば息子からの相談に乗るくらいで自分は悠々と暮らしていけるーそう公爵は考えていたのだが、彼は見込み違いに気づいてしまった。ルドヴィカは母親だから引き取ろうというだろう、だがユーゼフにはアンゼルムを引き取る理由もないのだった。
「妃殿下お1人のご意思では決まらんかも知れんな」
公爵は決意を固めた。
「とにかく明日は出向こう。殿下に拝謁しご意向を改めて伺おう」
そう妻に言うと、
「そなた1人の咎でもない。来客の動きを読み取れなかった私にも責任はある。ー長いこと責めて済まなかった」
夫人を腕の中に抱き締めた。その後しばらく夫の腕の中で夫人は泣いていたが、子を作るためでなく愛を確かめ合うために夫妻は抱き合って眠りに就いた。
夜が明けてすぐ、公爵夫妻はアンゼルムを連れ宮殿に向かったが、彼は馬車の座席からずっと誰かを探していた。
「いない。いない。ーなぜ?」
アンゼルムはそう呟いた。
「どうなさいましたの?」
公爵夫人が聞くとアンゼルムは言った。
「ロッテ…ロッテ叔母様がいない」
「伯母上をお探しでしたか」
公爵は笑って言った、だがアンゼルムはその言葉に泣き始めた。
「叔母様がいないから帰る」
「あちらで待っていらっしゃいます。じきお会いになれるはず」
そう公爵に言われ泣き止んだのだが、それでまた公爵夫妻に悩みの種が増えた。このままいったら母親に懐かないかも知れない。だが
10代後半のシャルロッテが甥を育てたいと言うだろうか?
ー考え事をする間に馬車は宮殿に着いた。公爵はまず花嫁の婚礼衣装を取り出させた。
「ーこれを妃殿下のお部屋へ」
侍従はそう言われ急ぎ衣装係を呼びに走って行った。執事に面会希望を伝え、公爵夫妻は
ユーゼフに呼ばれるのを待った。
やがて執務室の扉が開いた。ー執事は、
「殿下がお待ちでございます」
と、公爵夫妻を案内した。
「久しぶりだね、カルナッハ公爵、夫人」
「お目通りかない光栄至極」
「お目にかかれて光栄にございます」
夫妻は同じ意味のことをユーゼフに言った。
「本日伺いましたのは他でもなく、殿下とご結婚なされるルドヴィカ皇女のお衣装と、亡き兄君とのご遺児の件があってですがー」
公爵は言った、
「お衣装は我々の到着後、お部屋へお運び頂きました」
「ああ、ありがとう。…持ってきてくれたんだね」
「お妃のご婚礼衣装なしではさすがに」
ユーゼフの言葉に、公爵も表情を曇らせる。
そして公爵はアンゼルムを探した。彼の手を夫人が取っているはずだった。だが妻の姿がない。
「妻の姿がー」
「少し前までいたのに」
ー結局男二人で顔を見合わせることになってしまった。そこで、この際話してしまおうと公爵は覚悟を決めた。
「殿下、亡きクラウス殿下ですが、あれは実のお兄上ではありません」
「…僕の兄ではない?」
ユーゼフも驚いた顔をした、だがあまり深く突っ込もうとしなかった。
「あの方は、ー殿下の叔父上の、つまりはカフトルツ侯爵のお孫にあたります。殿下とご兄弟ではあられませんので、ご遺児を引き取られる理由もないかと存じます。それでも引き取られますか?」
ー公爵はすべて晒してみた。だがユーゼフは
「ー構わないよ」
とあっさり言ってみせた。
「実の甥御でなくとも引き取られると?」
「うん」
公爵は逆に驚いた。ー殿下は覚悟を決めておられたのか。亡くなったクラウス卿の子をご自分で育てようとー。それに気づいたのかユーゼフは話し始めた。
「僕も父と一緒に式に参列したんだ。母は行かなくていいと言ったけれど、どうしても新郎に会ってみたくてね。それで、父に頼み込んで参加させてもらった」
「ー閣下とご同道なさったのですか?」
「うん」
クラウスが父親の子でないのはすぐ解ったというがー
「ならば、なぜ遺児を引き取ろうと?」
「それはあまりいい動機でないかもな…」
ユーゼフは打ち明けたのだった。




