子連れ再婚
捜索劇のあった日の3時課、ー24時間制で見て朝6時のスティンベルグ城。式が翌日に迫った中、ユーゼフは婚約者のルドヴィカと2人きりで食事していた。祈りと給仕が済むと、ユーゼフは司祭も侍従も下がらせた。
「いよいよ明日だね」
ユーゼフにそう言われ、ルドヴィカはただ黙ってうなずいた。
「ー君の婚礼衣装が、カルナッハ公の城にあったそうだ。昼に持って来てくれるよ」
「そうでしたか…」
婚礼衣装が見つかったと聞いて、逆に彼女はしおれてしまった。ー返すはずだったものをまた着ることに!?
「あれは、ー伯父に返すつもりでした」
「返す。…花嫁衣装を?」
ーその言葉にユーゼフの手が止まり、彼はスプーンを落としてしまった。ええ、とだけ言ってルドヴィカはうなずいた。
「待ってくれ。君のものでないとしたら、ドレスの持ち主は誰だったんだ?」
「伯母が…フェルディナンド卿のお母上が、伯父に嫁ぐ時に纏われました」
「侯爵夫人のものを借りていたのか…」
「そうなのです。ー兄を亡くした直後で、衣装を作るのが間に合わず借りることに」
ルドヴィカは言った。
「伯母は喜んで貸してくれましたが、私が衣装を借りたという事実は変わりません」
「そうか。…新婚直後に泣いたのは、衣装を返せなくなったからだったんだね」
フェルディナンドは、貴族の身分とはいえ母親が正妻ではない。ーそのため彼は自分の生い立ちにいくらか引け目を感じていたのだが、母親が侯爵の妻となる時に侯爵は後妻に贈り物をした。それがあのドレスだった。
『この一度くらい胸を張って着ろ』
それが息子のためにもなると侯爵は言った。
『これがお前の母上だ。ーご覧』
そう言って、幼いフェルディナンドを侯爵は母親のところへ連れてきた。花嫁姿で着飾り美しく化粧を施された母親に、彼は目を丸くした。全身を眺めてから彼は母親に言った、
『母上がこれほどおきれいだったなんて、僕初めて知りました』
息子が目を輝かせてそう言うので、やっと侯爵夫人は自分の心を開放できた。見知ったばかりの少女と一緒に暮らせるというので、余計に彼は喜んでいたのだがー自分は堂々としていいのだと夫人も実感したのだ。それで夫人は嬉し涙を流し、夫にこう告げた。
『これは生涯の宝物にいたします』
貴族の妾で、それも侍女の身分で。庶民でも決して下流ではないが、親が早くに亡くなり家は貧しかった。なので母親の正装した姿を彼は知らなかったのだ。
「今度の式が終わったら返そうか」
何か記念の品と一緒に。ーユーゼフはそうルドヴィカに言った。
「そうして頂けたら伯母も喜びます」
ールドヴィカの言葉。育ててもらっただけでなく衣装も借りっぱなしだったので、彼女は伯母に罪悪感を感じていた。
「でもなぜあれが公爵のお城に?」
彼女が聞くとユーゼフも
「来たら聞いてみよう」
と言った。ーでも、彼は言った、僕の親友と婚約した時はどうだったんだ?ーその問いにルドヴィカはこう答えた。
「あの時の衣装は現存いたしません」
「えっ…ない??紛失の間違いではなく?」
これにもユーゼフは驚いた。ーこれは侯爵でなくゴットフリートが彼女のために用意したものだったが、それも別の理由で着られなくなっていた。
「ございません。婚約破棄に怒って従兄が引き裂きましたので、作り直すどころか…」
「そうか。甥の無事が解っていたらそれを先に伝えられたんだが、悪いことをしたね」
「ーそれでも婚約解消はすることになったでしょうけれど」
ークラウスの息子アンゼルム、彼は両親と生き別れカルナッハ城で育てられた。誰もが自分に敬語を使うので、自分の上に立つ者がいようとは考えたこともなかった。今も彼はそのつもりで過ごしている。彼が肉親として認識できたのはシャルロッテただ1人だ。
「息子に私のことを母親と認めてもらえるでしょうか…」
「今から心配しても仕方ないよ。そのうち認識してもらえるだろう」
ユーゼフは苦笑いした。ー少し経つと侍従が現れ、来客を2人に知らせた。
「カルナッハ公爵ご夫妻がお目通りをと」
「ありがとう、すぐ行く」
ユーゼフはそう言って、そろそろ出ようかとルドヴィカに聞いた。彼女もそれに同意し、ユーゼフと一緒に宮殿へと向かった。




