兄の顔と世子の顔
ーイマヌエルが妹をつれて戻ったと聞き、ユーゼフは急ぎ会いに行った。
「よく連れ帰ってくれた。ーありがとう」
ユーゼフが礼を言うとイマヌエルは、
「婚約者として義務を果たしたまでです」
と控えめに言った。だが、シャルロッテと、この先やっていけるかどうか、彼には不安が芽生えてきた。
「今日はお1人ですか?フェルディナンド卿は?」
イマヌエルは尋ねた、
「彼なら僕の城にいる。ー何か用が?」
「申し訳ありません。そういうわけでは」
ユーゼフの返答にイマヌエルは言おうとした言葉を引っ込めた。だがユーゼフは
「城に公爵が行っていたようでね、それを彼が取り押さえてくれたんだ」
正確には彼と衛兵が。ー微笑みながら2人に話すのだった。
「アステンブリヤ公、でしたかしら」
シャルロッテが言う。
「覚えていてくれたようだね」
言いながらもユーゼフはあまり嬉しそうではなかった。
「異性に関心を持つのは何も悪いことじゃない。それ自体は責めたりしないが…君はもう婚約者がいる身だろう?」
あまり他の男に近寄らないでくれ。ー前より少し厳しい表情でユーゼフは妹に釘を刺す。
「僕だって理由もなく友人の恋人を奪いはしない。ー兄と僕と2人ともいなくなったらもう引き留めようはないが、兄との間に子がいる以上は母親と一緒に育てたいんだ。君も母親と早く死に別れて寂しかったんじゃないか」
それを兄に言われると、シャルロッテも何も言い返せなかった。小さくなって、ただ一言肝に銘じますといったきりで。その後からはユーゼフも何も言わなかった。
「今日はもう遅いから寝ることにしよう」
ユーゼフは言い、イマヌエルには
「妹のためにさんざん走らせて悪かった。ゆっくり休んでくれ」
とねぎらいの言葉をかけた。だが花嫁衣装のことをイマヌエルが相談すると、彼は
「公爵が預かってくれていた」
と言って、イマヌエルを驚かせた。
「父の城に殿下のお衣装が?ーそれはいつユーゼフ様のお耳に?」
「少し前だったと思う」
「では、今日のことだったのですね」
ー2人はまた仕事の表情になった。
「衣装の寸法が会わないと言うから、僕も婚約者が着たところを見てみたんだ。それで寸法違いが解って」
「母のものを借りたいと殿下のお声掛けがあって、城にあることが解った」
イマヌエルが言うと、その通りとユーゼフはうなずいた。
「なぜ君のお父上のところに渡ったか正直解らないが、…お父上が今朝ここへ持ってきてくれた。式に間に合って良かった」
「そうでしたか…」
胸をなでおろすイマヌエルと、義姉の着る花嫁衣装に思いを馳せるシャルロッテ。少し対照的な2人ではあった。
「お義姉様のお衣装は侯爵家で仕立てたというのは本当なの?」
ユーゼフに尋ねると、
「そう、その通りだ。ー侯爵が可愛がって育ててきたからね。僕のところへ来る時も、侯爵に手を引かれて出てきたそうだよ」
「ずいぶん贅を凝らした衣装だったとか」
「皇女だし、…何年も家族から離れて伯父と暮らしていたというからね。婚約者を決めるのにも傍系の横槍が入ったらしい」
晴れ着一着に金をかけるくらい許してやろうと思ったんじゃないか。ーユーゼフは2人にそう話した。
「なぜ都を離れて辺境へ?」
シャルロッテは呟いた。
「ーご存じなかったのですね」
イマヌエルは言った。
「あの方は呪いの子と言われてご家族から引き離されたのです。ご自分のお祖母様に」
「ー辺境伯の妹にルイーザはよく似ているらしい」
黒髪に琥珀の瞳は、あの辺りによく見られる組み合わせだと僕は思うがね。ーそう言ってユーゼフはイマヌエルの方を見た。彼も
「同感です、殿下」
とうなずいた。シャルロッテはそれを聞いてまた息を呑んだ。
「まさか、…皇太后様が?」
「そう、そのまさかです」
だがこの辺りで話は打ち切られた。結婚式を翌日に控え、ユーゼフも余裕があるといった状況ではなくーとにかく明日に備えて寝ようと。だが、最後に聞いた話がシャルロッテの胸を締め付けていた。ー明日聞いてみよう。彼女は考えた。ー女官長なら知っているかも知れない。辺境伯の妻がカテルイコフ伯爵の妹と聞いて、彼女はそう考えたのだった。




