想い人
食事が済むと伯爵は2人に軽く自己紹介し
「あんまり慇懃にして悪かったな。ー私がここの現当主ユーリィ・カテルイコフだ」
そう名乗った。
「こちらはカルナッハの二番目の息子で、イマヌエル・ディートリヒ。ー横にいるのは公女シャルロッテ、私の婚約者です」
「ーシャルロッテ・ツェツィーリエです。よろしく」
そうしてそれぞれ挨拶をし、話を続けたがー皆が皆腑の落ちるように行っていなかった。だがなぜそうなったのかも掴めなかった。
カテルイコフ伯爵。ー彼の正式な名前は、ユーリィ・パーヴェルエヴィチ(・カテルイコフ)。スラブ語圏で、〔カテルイコフ家のパーヴェルの息子ユーリィ〕という意味だ。
故国が滅びる直前にロッセラーナへ投降し、この家だけは滅びずに済んでいる。
「肖像がたくさんありますね」
イマヌエルの率直な感想。ー伯爵は、
「まあ、どこまで先祖か解らんがな。どの名前も系図にあるというわけでないから」
「ーご両親を描いたものは?」
「先代か?…先代を描いたものはない。そういうのに2人とも興味が無かった」
伯爵が答えた。2人の荷物をまとめて預かり伯爵は執事に鍵をかけさせた。
「行って来る」
外出中は人を入れるな。ーそう執事に言うと、伯爵は部下に犬ぞりを用意させた。前のそりにはイマヌエルたち2人を御者と乗せ、自分は側近と後ろのそりに乗った。そうして5人でクレステンベルクの城へ出発した。
初め平坦な道だったのが進むにつれ坂道になり、6時課の鳴る頃にはすっかり山の中に入っていた。だが周囲は林だけで建物も畑も見えてこない。次の鐘がー9時課の鐘が鳴る頃にようやく石の壁が見えてきた。
「あれが公爵の城だ。…亡くなった公子の」
「あれがクレステンベルク城ー」
重々しい雰囲気のある城で、いかにも要塞といった感じを見る者に与えた。イマヌエルもシャルロッテも、その雰囲気に気圧されて、言葉が出てこない。
「これが…この城が…?」
「ここを領地にすると聞いた時、おそらく冗談だろうと思っていた。ーだがあの御仁は強気でね」
伯爵は言った、
「あの人が妃になってくれるのだからと、そういって譲らなかったんだ。これが初めの許嫁だったら侯爵も納得したはずだ。ーだが、公子といってもあの青年はむしろ内政向けの優型でね。…剣はもちろん銃の持ち方も初心者だったんだ」
軍隊のまとめ方も…私が何とか教え込んだが。ーそう伯爵は言ったのだ。
「許嫁が、ー奥方にいたのですか?」
イマヌエルは尋ねた。
「確かにいたよ。⋯だがなぜそいつのことを知りたいんだ?」
婚約成立の手前で反故になったからその話は禁句なんだ。ー婚約成立の手前で反故に⋯?イマヌエルもそれには疑問を抱き、
「原因は何だったのですか?」
「身元不明だという話だったが、⋯皇太后の反対が一番大きかったらしいな。孫の中でもあの姫さんは忌避されていると言われていたが」
「その…皇女の許嫁というのは?」
イマヌエルは尋ねた。ーまさか殿下が国へお呼びになったあの男では…?ー外れてほしいと思っていたが、彼の予感はあたっていた。
「サヴァスキータ侯の養子だ。あどけない中にも芯の強さや育ちの良さが伝わるようないい子だったよ」
ルドヴィカの許嫁が誰だったか、そこまで聞いた時点でイマヌエルには読めてしまっていた。だがシャルロッテにはそうでなかったらしく、彼女は兄嫁の許嫁についてもう1つ質問をした。
「許嫁だった少年の名前を、覚えておいでではありませんか」
すると伯爵は少し考えてから言った。
「…今から言うことはお国へ帰っても黙っていてくれるか?」
「ー約束します」
シャルロッテは答えた。
「フェルディナンドだ。辺境伯の次男で妹の産んだ子と腹違いだが⋯その次男坊を侯爵が気に入って養子にしたそうだ。死んだ青年の後見も妹を通じて頼まれたんだ。断りようがなかった」
ーそうしてクラウスとルドヴィカの接点がここで明らかになった、だがそれは知らずに済まないということもまた解ってしまった。国中の貴族から背を向けられ隣国へ頼るほかなくなったのだろう。大公の実子でないうえ誰が父親か解らないという男児だ。そのうえ気性が荒いとくればなおさらー。
「とにかく、中へ入ろう」
伯爵は部下に命じ入口の鍵を開けさせた。
その正面には、死んだ公爵と彼の妻の肖像が飾られていた。




