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その花は天地の間に咲く 前編  作者: 檜崎 薫
第一部
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案内人

 ーシャルロッテと帰城したイマヌエルは、両親を交え夕食を摂った後、父親と話をしていた。

 「ークレステンベルクへ行くと言ったな」

 呟くような小声で息子に尋ねる公爵。その問いかけに、イマヌエルははい、と一言だけ言った。

 「道は不案内だろうから、私の名で先方に連絡をとっておく。くれぐれも単独で動いてくれるなよ。何しろお前たちの向かう場所は山奥だそうだからな」

 「山奥にある城なのですか…?」

 「ああ、そうだ」

父親の言葉にイマヌエルは少し呆然とした。

ーそこまで聞いたことはなかった。本当に、山奥にある城なのか?ー気を取り直し父親と会話を続けるイマヌエルだったが、

 「城の鍵も先方が持っているから、お前は先方にまず挨拶に行け。そうしたら道案内をつけてくれるだろう」 

カテルイコフ伯爵家を訪ねろ。ーそう公爵は彼に言った。だがこの家は、公国に属してはいなかった。

 「カテルイコフ伯爵家…?」

 「確か、…ロッセラーナの貴族では」

イマヌエルもシャルロッテも、養父の家名を聞いて目をまたたかせた。

 「なぜカテルイコフ家なのですか?」

イマヌエルが尋ねると、公爵は言った。

 「城主の養父をしていたからだ。その縁で皇女が嫁ぐことになった」

詳しい話は向こうで聞けとイマヌエルたちは公爵に言われた、だが伯爵がなぜ養父を引き受けることになったのか2人は考え続けた。

ーロッセラーナの貴族がお兄様の養父?身元引受人をしていたということ?どういうことなのかしら。ーシャルロッテも不審がった。 

 公爵は

  「今日はもう遅いから寝ろ」

と伝え寝室に入ったが、息子のイマヌエルは寝る気になれず悩み続けている。よその国に属する貴族がなぜ公子の後見人になったか、それが解らないからだった。それでも最後は

 「行って聞いてみましょうか」

と婚約者に言い、彼もシャルロッテも自分の部屋へ行った。

 「花嫁衣装見られるかしら」

シャルロッテは楽しみにしていて、彼にそう聞いたが、イマヌエルは

 「もしあったら」

と言うだけだった。ー俺とよく似た顔を見たと聞いている。兄上が向こうに行っていたんじゃないか。持ち出していなければいいが…。ー彼はそう考えていた。

 2人は翌朝の1時課に出た。イマヌエルも父親の言ったようにカテルイコフ伯爵の城をまず訪ねた。着いたのはちょうど3時課との中間になる時刻でー城の執事に父親の名前を

告げると、

 「すぐ呼んで参ります」

と執事は当主を呼びに行った。出てきたのはややいかつい顔立ちの40代らしい男。金髪に紺碧色の瞳。ーゴットフリートの風貌とよく似た中年男性だった。

 「当主は私だが、何か」

 そっけない表情と物言いで伯爵は尋ねた。

 「クレステンベルク公爵の居城を見に」

イマヌエルが言うと、その表情はさらに固くなる。

 「何、クレステンベルク?ー今からあれを見に行ってどうするのだ」

 「兄があちらにいたと聞いて」

ーシャルロッテは言った。兄はもう死んだと言われていたので、その足跡を彼女は確かめたかったのだ。

 「何だって…あの死んだ青年の妹か?すると公爵の言っていた二人連れはあんたらか」 

 「…はい」

 「ずいぶん遠いところから来たな。ーまあいい、…少し暖まって行け」

ー伯爵は執事を呼ぶと飲み物を用意させた。

 「ウォッカ入りの生姜茶だ。この辺りでは昼前か晩に飲む」

イマヌエルは礼を言い少しずつ口に含んだ。

ー大丈夫だ、毒はない。ーそれを確信して、彼はシャルロッテにも飲むように言った。

シャルロッテもその生姜茶を口にした。

 「ありがとう。ーご馳走になります」

ウォッカは目覚ましや気付けに使うと伯爵。

小さな盃に入ったそれを2人が飲み干すと、伯爵は話し始めた。

 「ーこの時期には雪も降り出すから訪ねて来る客もほとんどない。本国からも、来るとしたら侯爵や摂政大公くらいだ。行く分には構わないが…期待通りとは言い切れんぞ」

それでもいいのか?ー伯爵は目で問うた。

 「何か問題が?」

イマヌエルは聞いた、すると伯爵はああ、と言って語り始めた。

 「夫妻の結婚当初からあったよ。ー青年が侍従と口論したやら跡継ぎに誰か目をつけたやら、…姫さんは自分の着た花嫁衣装がないと言っていたな。夫婦仲は良かったのに周りは問題だらけでね」

伯爵は言った。

 「…花嫁衣装がなくなったというのは?」

シャルロッテは聞いてみた。すると、伯爵の口から残念な答えが返ってきた。

 「割と最初の頃だったね。新郎新婦が式を終えて城に入った直後じゃないか」 

 「衣装の仕立てはやはり侯爵領で…?」

 「そうだったと思う。ー侯爵が来た時に、姫さんが泣いて謝っていた」

あれだけ凝った衣装はそうそう作れないから無理ないがな。ー伯爵は言うのだった。

 「新郎も新婦も夜中まで探した、だが例の衣装はついに見つからなかったそうだ」

 「そうでしたか…」

イマヌエルも肩を落とした。

 伯爵は話を続けた、

 「特に荒れているではないし、鍵は我々が預かっているから入ることはできる。ー中も少し古くはなったがそう傷んではいない」

 「壁や部屋の中もまだ…?」

兄夫婦がいた当時のままですか?ー少しだが期待を込めてシャルロッテは尋ねた。

 「ああ、もちろん」

伯爵の即答に2人は笑み交わし、

 「でしたら、行ってみたいと思います」

と話した。

 「…そうか」

 伯爵は言って、その場で待っているよう、2人に告げた。執事には人を呼びに遣らせー3時課の鐘の鳴る頃出発支度は整った。

 「出発する前に自己紹介だな」

伯爵は言い、軽い食事を用意させた。そして短い祈りの後に彼は名を名乗った。


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