式前日
挙式まで日数がないので門はどこも厳重に閉じられ、忍び込む隙はなくなった。翌日の昼には、式を終えた世子が妻とここへやってくる。夕食後には衛兵の数がそれまでの倍に増やされ、交代も2回から3回になった。
「これだけ静かな日も珍しい」
フェルディナンドは呟いた。今日は人気もないから帰ったらゆっくり寝よう。ー無事に結婚式の引き継ぎが済み、これで帰り支度ができると彼は考えていた。
「式場警備が終われば俺も用済みか…。こうなると逆に名残惜しいな」
口元に笑みを浮かべて彼は言ったが、これも独り言で聞かせる気はなかった。だがそれにフリードリヒは反応してしまった。
「…卿はじきにお帰りなのですか。残念だ、私も名残惜しい」
彼が言うと、フェルディナンドは後退りしー
「お前いつから横にいたんだ。音も立てず近寄るとは」
ああ驚いた。ー言いながらも大笑いした。
「すみません、通り過ぎようかと思ったらお声が聞こえたもので」
フリードリヒも笑ってしまった。
「ー式は明日の昼だったな」
フェルディナンドは式の話題を振った。
「はい」
「…どの辺りまで呼ばれるんだ?伯爵くらいまでか?出られるのは」
フリードリヒに聞いてみたが、彼は
「どうでしょう…」
と言っている。
「祖父は出たことがないそうですが、兄や姉は呼ばれたと言っていました」
「祖父母はなくて兄姉がー?」
「はい」
確か4年前だったとー。そうフリードリヒは言った。
「4年前…?じゃあ割と最近なんだな」
「そうですね…ただ誰の結婚式だったかは、教えてもらえませんでした」
フリードリヒの話に、フェルディナンドは少し違和感を覚えた。ー祖父母や両親でなく兄弟?しかも誰の式に出たか不明ー?そんな話があるものか。誰か祝い事を隠そうとしていたんだ。
フェルディナンドはそこで話題を変えた。
「これだけ静かなのは、参列者が一度帰るせいか」
「そうだと思います。ー寝起きして任務にあたるのは兵士や侍従くらいで」
「…それもそうだな」
「はい。参列する貴族は、自分の城で一度身支度して戻ってくるはずです」
遠くの領主は親戚や知人の城に預けていると聞きました。ーフリードリヒは答えた。
封建時代の城が多く残る国で町屋敷などというものはほとんど建てられていない。もしあってもそれは亡命者か一時居留者のもの。先祖の建てた古い城塞を何度も直して使っている貴族がほとんどで、フリードリヒのいる城も建ってから4世紀は過ぎていた。隣国のロッセラーナでもそれは同じだった。
ーフェルディナンドは言った。
「…呼ばれても当事者は明かせない。それも妙な話だな」
「そうですよね」
「兄さんたちどこまで行ったんだ?」
「…それも聞けませんでした。『秘密だからだめだ』と」
なぜ秘密なのでしょうか?ーフリードリヒもそう言って首を傾げる。
「誰がどこで結婚するのか言えないー何か裏にあったんだな」
「隠されると逆に気になりませんか?」
「ー俺はなるぞ。ならない方がおかしい」
実は、フェルディナンドには少しだが思いあたる節があった。4年前、自分が15の時、夜になってから出かけた養父の姿。正装で、ごく少数の護衛を連れて養父は出て行った。気になって隣の部屋を見ると、既に幼馴染は部屋にいずー後で聞くと、彼女が嫁ぐため、養父は付き添っていたのだった。
「後で聞いてみるよ。ひょっとしたら誰か知っているかも知れない」
「…結婚の当事者についてですか?」
「ーああ」
フェルディナンドは言った。
「聞かない方がいいのでは…」
フリードリヒは顔色を曇らせた。ー当事者の名が伏せられたのには訳もあるだろうという考えからだった。
「何か事情もあったのでしょう」
彼は言ったが、フェルディナンドにはもはやそれでは済まなかった。幼馴染の義母は既に死んでしまったではないか。
2人がそうやって話していると急に辺りが騒がしくなり、衛兵が動き出した。
「門が破られたぞ…!」
ー指差す方を見ると、2人の門兵が血を流し倒れている。1人の顔は既に土気色だった。
「この大事な時期に…」
フリードリヒが呟く。ーユーゼフに知らせに行くためフェルディナンドも動き出した。
「すまん、行ってくる」
「…あ、はい」
彼が急いで腰を上げたので、フリードリヒは見送った。ー大変なことになってきた。この先どうなるんだろう?ーフリードリヒもこの辺りから不安を感じ始めたのだった。




