経過報告
調査記録をまとめるとイマヌエルは侍医のもとへ向かった。大公妃の容態や治療経過を聞くためだった。ーイマヌエルの姿を認めると侍医はやや固くなったが、
「これはグランシェンツ伯…」
「どうだ?ー妃殿下のお具合は」
挨拶もそこそこにイマヌエルは尋ねた。すると侍医は言った。
「ー思わしくありません。ここ何日も頭が重いとおっしゃいまして」
「頭が重い?」
侍医の言葉にイマヌエルは眉をひそめた、
「少し前にご頭痛は軽くなったのでは…」
なぜ症状が再発したのか彼は不審がった。
「ーハフシェンコ伯爵夫人が先日こちらに見えまして、女官長から薬を託されたと」
ーそれ以来です。侍医は言うのだった。
話を聞いて、イマヌエルはなおさら疑問を覚えた。ー専門家でないのに、女主人の飲む薬まで女官長が気にする意味はあるのか?
「…女官長はご子息にも調合を依頼なさっているようでして、私めにはそれも気になってしまうのですが」
「息子にも調合させている…?」
「ーはい」
お気遣いは無用とお伝えしたのですが、またお見えになるというふうにも私におっしゃいました。ー侍医はそう告げた。
「いかがいたしましょう?」
「そうだな…」
イマヌエルもさすがに悩んだ。ー跡継ぎが結婚するという時期に…ああ、困った。
「執事から話をしてもらうか」
「ー執事殿にですか?」
侍医は驚いている。だが他に手は打てないとイマヌエルには解っていた。
「女官長に直接言ってもらうのだ。私からと言って」
ー主君の一家を初め、宮殿で生活する人々の健康管理はイマヌエルが一括管理していた。
「…侯爵と伯爵夫人には私が直接話を聞いておこう。ただ、次に同じことがあったら今度は執事に話してくれ」
「承知いたしました」
侍医は礼をした。ーイマヌエルは微笑むと、
それでは、と医務室を後にした。だが彼にはまだ心配事があった。女官長の息子ー長身の青年貴族を最近見かけないのだ。何か様子が違うとイマヌエルは不審に思い始めた。
母親はというと、それまで通り宮廷に顔を出し女官たちを取りまとめている。彼女には何一つ変わった様子がない。侯爵本人だけが変わったのだろう。イマヌエルはそう考えることにした。
ーこの時点で、侯爵家に起きたことを彼はまだ知らなかった。彼に思いついたのはただ1つー侯爵の婚約者が公子の妃に決まったということだけ。だからといって、急に何日も休む人でないのは彼もよく知っていた。
「おかしい…絶対何かあったな」
独り言を言いながらイマヌエルは執事のいるところへ歩いて行った。ーその途中に一人の侍従が彼とすれ違った。出仕記録係だった。
ちょうどいいと思い、イマヌエルはさっそく声をかけた。
「女官長のご子息についてだが、何か話を聞いていないか?」
記録係はああ、と呟き、一言こう答えた。
「シュスティンガー侯爵でしたら、喪中で当分お休みです」
「何だって…喪中?」
イマヌエルは思わず叫んだ。記録係も当然の反応というふうに彼を見ていた。
「お父上が亡くなられたそうで、しばらく登城はお控えになるとか。ー先ほど殿下にもお伝えしたところです」
「解った。ーありがとう」
あの親子が来てから不審死が続くな。ーそう思いながらもイマヌエルはユーゼフのもとへ向かった。
宮殿の裏にある別棟へ行くと、既に女官が執事の指示を受けているところだった。その様子を見て、イマヌエルは先に奥へ行こうと足を進めた。ーが、その前に奥の扉が開き、中から青年が出てきた。ユーゼフだった。
イマヌエルが話しかける前からユーゼフは彼を認め近寄ってきた。
「おはようございます、殿下」
「おはよう。ー母上のお具合はどうだ?」
ユーゼフは真っ先にそこから聞いてきた。
「侍医は『思わしくない』と」
「…『思わしくない』?」
イマヌエルの言葉にユーゼフも沈んだ表情になる。
「すると、…まだご回復は見込めないのか」
「ーはい」
ーそこからイマヌエルは侍医に聞いた話を切り出した。
「侍医から話を聞きましたら、妃殿下へのご投薬に女官長が関わっているそうで」
「何だって…女官長が?」
ユーゼフも目を見張った。
「はい。…何でもハフシェンコ伯の奥方が、女官長からと言って薬をよこしたとか」
何でもその薬をお摂りになってから妃殿下のご頭痛が再発したとか。ーイマヌエルがそう話すと、ユーゼフも顔色を曇らせた。
「ハフシェンコ伯夫人か⋯そういったことに手を出す人ではないんだが⋯」
「⋯とりあえずは、執事から女官長に話してもらうことにいたしましたが」
「いや、ーそれはいい」
珍しくユーゼフが話を止めた。
「とおっしゃいますと?」
イマヌエルは尋ねた。ーするとユーゼフは
「あれでも親友の母上だから⋯。僕から直接事情を聞いておく。ゴットフリートにも」
と言うのだった。ー親友を下手に刺激したくないと彼はイマヌエルに語った。その言葉にイマヌエルも納得した。
「承知しました。ー殿下ご直々とあれば」
それはそうと、ーユーゼフは尋ねた、
「ー式の日取りは伝えてもらってあるね?」
結婚式の日程についてだった。
「はい、⋯確かに」
イマヌエルが言うと、
「ならいいんだ。先方の了解がないと準備に支障が出るから。⋯後はルイーザを待つだけかな」
ーユーゼフは嬉しそうな表情になった。この人がそういう姿を見せることもこれまでにはなかった。
見れば見るほど、ユーゼフは目を奪われる顔立ちをしている。金髪に弓なりの細い眉、長いまつげに二重まぶたと青の瞳。その上に
少年期を少し過ぎたばかりのような柔らかい高声と来れば、貴族の令嬢たちが彼を放っておくはずもなかった。
「⋯式の方は日付繰り上げで執行と考えても良いでしょうか」
イマヌエルはまた問うた。すると、
「うん」
と言ってからユーゼフはこう答えた。
「ー本来なら結婚式も見送るべきだろうが、母上の強いご意思だからどうにも」
「ご自分のご容態はさておいてですか?」
「そう、まさにそうなんだ」
ユーゼフはため息をついた。私の他に子供がないので、そうなったのかも知れないがー。
彼は気が重そうだった。
「ルドヴィカ様の来られるまでに、妃殿下のお体が持ち直せば⋯」
「そうなってくれたらいいんだが」
ユーゼフが言った、
「新婚早々に義母の看病ではちょっとね⋯」
「お察しいたします」
イマヌエルは相槌を打った。ユーゼフは、
「ルイーザはいつ頃ここに着くのかな?」
「お返事には一月以内と」
「そうしたら、婚約式だけは済ませることにしよう」
身内だけで構わないから。ーユーゼフはそう言った。イマヌエルも同意して、
「そのようにお伝えします」
それを聞いてユーゼフは笑みを浮かべた。
「頼んだよ」
「お任せください、殿下」
そこで2人の話は終わった。
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まとまるまで少々かかりますが、
どうかご了承くださいませ