証人
宮廷で働く侍女長、ヘンリエッテ。
彼女をユーゼフが呼び出したのはその日の昼下がりだった。侯爵の城に人を回すため、適任者を教えてほしいと言って。ユーゼフと話しに来た時、何か間違いがあったのではと彼女は体を強張らせていたが、執務室にもう1人男がいるのを見て彼女は事情を察した。
ー城の中に使用人がいなくなったと、彼女はペトロネラから聞いていたのだ。
「彼が人不足で困っているので、引退した侍女を紹介してほしい」
ユーゼフはヘンリエッテに言った。
「…お城へは何人ほど回せば?」
「慣れた者が1人2人いてくれたらいい。後はこちらで募集する」
口を利いてくれる者がいないので追い払ってしまった。ーゴットフリートは言う。
「私が閣下へご紹介しますのは、指導役と見て良うございますか?」
ヘンリエッテが尋ねると、その言葉に2人の貴人は微笑み合い、ゴットフリートは
「その通り」
と答えた。
「長く努めてきた者なら、少し見回したらどう進めていけばいいかがすぐ解るだろう。その力を借りたいのだ」
「…お城へは1人、多くても2人までということでございますか?」
「そう思ってもらえれば」
ゴットフリートが言うと、ヘンリエッテは
「承知いたしました。ー何人か心当たりをあたってみます」
と告げて執務室を後にした。彼女自身も職を失くし宮廷に駆け込んだのだったが、彼女の前にいた場所というのが、
「クレステンベルク城」
だった。
ヘンリエッテという名前に聞き覚えがあるとルドヴィカは思った、それで
「よく使われる名前なのですか」
と彼女はユーゼフに聞いてみた。ユーゼフは
「珍しくもないがそう多くもない」
と。ーこの名前はどこかで聞いた気がするとルドヴィカは彼に話したのだが、ここへ来てそう長くないとユーゼフは言うのだった。
「…なら会ってみるかい?」
彼はルドヴィカに言った、
「そうすれば君の疑問も解けるはずだ」
そして彼は2人を引き合わせた。彼女の顔を見るなりヘンリエッテは息を呑んだ。
「妃殿下!」
よくぞご無事でーそう言うとヘンリエッテはルドヴィカに駆け寄り、涙ながらにその手を握りしめた。
「…私を知っていて?」
ルドヴィカが尋ねると、ヘンリエッテは、
「もちろんにございます」
と即答した。ーさらに、
「皆心配しておりました。急にお姿が見えなくなったので」
この宮廷でお目にかかれるなんて!ー彼女はルドヴィカに挨拶するが、瞳から涙が溢れていた。
ユーゼフはその様子に驚いた、そして
「そう言えば、…君は元いた場所をこれまで言わなかったね。どこで働いていたか聞いて構わないか?」
とヘンリエッテに尋ねた。すると彼女は
「…クレステンベルクです」
とルドヴィカを見つめながら言った。
「今でもよく覚えております。ー生まれたばかりのお子様を、クラウス殿下がご自分のお膝に抱いてあやしていらっしゃったのを。私はまだ下働きで、ご夫妻のおそばにはそう何度も参れませんでしたが」
「そうか⋯兄の城にいたのか」
ユーゼフは感慨深そうだった。ルドヴィカと対面した後ヘンリエッテは再び自分の仕事へ戻ったが、ルドヴィカは自分の身の上を深く憂えずにいられなくなった。
「最初の結婚生活を証言してくれる人がいたのですね」
ールドヴィカはユーゼフに言った。
「あの頃は本当に幸せでしたーあまりに短い期間だったので、私は夢だったとしか思っていませんでしたけど」
「兄とークラウスと過ごした頃が?」
「ええ」
結婚とはそこまではかない関係なのですか?
ールドヴィカはユーゼフに尋ねた。
「僕はそうは思わない。⋯兄も、君と一緒になった頃はそう思っていなかったはずだ」
ユーゼフは言った、
「今ヘンリエッテが言ったじゃないかー兄が自分の子を膝に抱いてあやしていたと。その様子を、彼女自身よく覚えていると」
これでもまだ夢だったと言うのかい?ー彼はルドヴィカを慰めた。
「そうしたら、」
ルドヴィカは言った。
「子供は⋯私が産んだ子は、今どこにいるのでしょう」
「じきに会えるよ」
結婚式が済んだら城に呼ぼう。ーユーゼフはそう言った。
「…イマヌエルのご両親が世話をしてくれている。僕にとっても兄が死んでしまったのは残念としか言いようがないーだがいつまでもそれを引きずってはいられないからね」
ユーゼフの言葉。ー本心では自分の身の上に疑問を持っていたが、それを聞いて、何とか前を向こうとルドヴィカも考え始めていた。




