家を継ぐ者
「これはいったい⋯?」
差し出された書状を見てゴットフリートも絶句した。
「なぜ皇女の名がここにあるのですか?」
「見ての通りだ」
ユーゼフは答える。
「彼女は既婚者だった。⋯夫は僕の庶兄で、僕とシャルロッテのどちらからも兄にあたる人だ」
名前はみたことがあるだろう?ーユーゼフはそう言って、
「兄との間には子供もいるから、僕は彼女も子供もここへ引き取ろうと思ってる。庶子と言っても兄弟だからね。ーそうでもなければ僕も手出しはしない。亡くなった兄の子まで君が世話してくれるなら考えるが、さすがにそれは無理だろう?」
ー君主の家を継ぐ者に生まれたユーゼフの覚悟から出た言葉だった。ゴットフリートもそれを聞いてああ、と思わずため息が出た。
クラウス・アルフレート・フォン・クレステンベルク。ースタンハウゼン公国でも最も西に領地を持つ貴族。近隣にはロッセラーナ最北の領邦カテルイコフ伯爵家がー辺境伯に嫁いでいた侯爵夫人の実家があった。
「亡くなった時お兄上は?」
そう尋ねるとユーゼフは言った、
「兄がいくつだったか?ー22歳だったよ」
彼もまたため息をついていた。
「兄がああいう最期を迎えたので、父もやりきれない表情だった。」
ユーゼフは言いー
「それなので先代に理由を話し、婚約を取り消すよう言ってもらった。やっと2つになる小さい子を孤児にはできないからね」
と重い口調で話すのだった。
ーそうしたら、ゴットフリートは考えた、俺と初めて会った時ルイーザは母親だったということか。母親が産んだ子を忘れるはずもないのになぜ黙ってた?
結婚する男女が片方でも成人していれば、他方は成人していなくても結婚によって成人扱いとされた。女性側は17か18でも男性側が成年なら、結婚は成立したのだ(この時代の成人年齢は21歳だった)。それでルドヴィカは17の時クラウスと結婚した。彼女は18歳の時ゴットフリートと知り合っているので、その時には夫のクラウスもこの世にいなかったということになる。
ルドヴィカは自分の国へ帰ったが生まれた子は父親の国に残された。ーいや、母親だけ連れ戻され、子供は父親の城に、でなければ養い親の城にずっといたのだろう。そのうちルドヴィカはまた最初嫁いだ国へ来ることになった。そう考えると辻褄が合う。
「父も母親の行方を探していた。それがああいう形で見つかるとは僕も思わなかったが⋯とにかく衝撃的だった」
ユーゼフの言葉。ーそれでゴットフリートはまた尋ねた。
「帝国から知らせは?」
「⋯なかったと思う。でも」
母親が見つかった以上は、自分に引き渡してもらうしかないと語るユーゼフ。
「⋯他の男との間に産んだ子を黙って連れてこられたら嫌だろう?」
ーひょっとしたら自分の子が生きていると皇女は思っていなかったのか。ーここへ来てやっと諦めがついてきたゴットフリートだがまだ未練はあった。とにかく聞こうと思い、彼はユーゼフに尋ねてみた。
「生まれたお子はどちらに?」
「イマヌエルの家にいる。⋯彼の両親が兄の子を引き取ってくれた」
母親はずっと行方不明だった。ーユーゼフは最後にそう言った。これほど深刻な話を彼の口から聞くのも初めてで、ゴットフリートは何者かの悪意を感じずにいられなかった。
「解りました。ーそういうことでしたら」
ーゴットフリートは言った、それに対して
「嫌な思いをさせて済まなかった。ー君に彼女との縁談が持ち込まれているとは思いもしなかったから」
ユーゼフと答えた。ー侍女長と話しに行こうと2人は立ち上がったが、そこへ侍従が急を告げに来た。
「殿下、謁見を申し込まれた方が」
侍従は言った、
「急ぎお目通り願いたいと」
その言葉をユーゼフは断った。
「だめだ。…話は後にしてくれ」
今は急ぎの用もあるから出られない。ー彼は侍従にそう言ったのだが、
「急なご用向きとおっしゃって、こちらに耳を傾けて頂けません」
ーまた難問発生か。ーため息をつきながらもユーゼフは侍従に問うた、
「ー先方の用件は?」
「皇女の護衛をご志望で」
侍従の回答。それを聞いた途端、ユーゼフは血相を変えた。ー護衛は十分につけてある、入り組んだ場所に何人も必要ない。
「そういうふざけたことをいうのは誰だ!立入禁止にするぞ!」
彼が声を荒げて言うと、侍従はまた言った。
「ーアステンブリヤ公です」
「何…アステンブリヤ公が!?」
ー招かれざる客の出現だった。ーそうやって彼は花嫁に近づき、さらっていく気なんじゃないかー。3年前の出来事がユーゼフの頭の中に蘇った。




