祖父亡き後に
シャルロッテを出迎えたのは、彼女とそう年の変わらない真面目そうな青年だった。
「お夕食の時間にごめんなさいね。急いで確かめたいものがあって」
ーシャルロッテは言った。
「祖父の旧領がこちらと聞いたので、ぜひ見せて頂きたくお邪魔しました。ーあなたが大叔父様のご嫡男?」
「…いいえ」
青年は浮かない表情をしている。
「私は侯爵家の次男です。ーこちらの家に跡取りがないと言われ、父から養子に出されました」
彼はそうシャルロッテに答えた、そして
「系図とおっしゃいましたが、気になっていらっしゃるのはお父上のご系譜ではなくてですか?」
「そちらを見たいわけではないのよ」
そうシャルロッテは言い、
「私の母の、カリーナの系譜を見たかったの」
そう聞いて青年の表情はますます暗くなる。
シャルロッテの母親、シュスティンガー侯爵夫人カリーナ・ジークリンデ・フォン・シュスティンガー。大公の寵姫で、その際立った美貌で知られていた。
「ーこちらにはないと思います」
青年は言った。
「こちらまでお越しいただいたのでお見せいたしますが、…気落ちなさるだけかと」
執事に声をかけ、青年は大きな巻物を持ってこさせた。
「ーこちらが当家の系図です」
「ありがとう」
シャルロッテは礼を言って、巻物を目の前に広げた。青年は執事をねぎらい下がらせる。
「ー私は別室におりますので、ご用が済みましたらお声かけください」
執事はそう言うと控えの間に戻った。青年と2人になったところで、シャルロッテは話を切り出した。
「男爵とお呼びするべきかしら」
「恐れ入ります、殿下」
青年は静かに言った。
「あなたのお祖父様が私には大叔父になるのよね」
「殿下の大叔父様が私の祖父。ですか?」
青年は少し訝しそうだった。
「大公のご子女と血縁関係にあるとは耳にしたことがありません」
ー彼は言った。シャルロッテはそれに驚き、
「…血がつながっていないと言いたいの?」
「ーはい」
青年は重い声でそう言った。
「探されるなら侯爵家に行かれた方がいいと父は言っておりました」
シャルロッテは気分が暗くなった。ここへ来て収穫なしということが解ったため。だがこのまま手ぶらで帰る気になれず、とにかく系図を開き母親の名を探した。だが、やはり母親のカリーナは記録されていなかった。
「本当だわ。…お母様のお名前がない」
「…祖父の話では、女官長と同じ名の家から大伯母が嫁いできたそうです」
青年は言う。
「それでは、…シュスティンガー侯爵家なら母の身元も解るかしら」
「…系図をご確認頂ければ」
ここでやっと青年に笑みが浮かんだ。
「ただ、時刻が時刻ですのでお帰り頂いた方がよろしいと思います。ーご婚約者に私の名でご連絡して構いませんか?」
宮廷中が殿下をお探ししているそうですし。ー青年はそうも言った。
「そうね…」
シャルロッテにも長居する理由はなくなってしまっていた。系図も見せてもらったからと彼女は帰ることにした。
「殿下のご婚約者は、グランシェンツ伯で間違いないのですね?」
青年は確かめ、執事に取り次がせた。電話で話をすると、向こうも男爵領に向かっているそうで、
「じきいらっしゃるはずです」
「いろいろありがとう」
「とんでもない」
最後は穏やかな空気になったが、ここで再び呼び鈴が鳴り侍女が玄関に行った。
「私の婚約者がここへ来ていないか?」
青年の声。ー侍女が提示を求める前に、彼はシャルロッテが見せたものと同じ柄の紋章を差し出した。
「プレグマイヤーだ。ー婚約者が男爵家を訪ねているのではと思ったのだが」
「まあ…伯爵様!」
浮かれながらも丁寧に対応する侍女。その様子にシャルロッテは少し残念がる。
「公女様。お迎えの方が」
「ーもう来たの?早すぎるわ」
舌打ちしそうな婚約者の声に、イマヌエルは苦笑いする。
「これでも半日はかかりました」
「半日…それは長いの?短いの?」
「あなたのお気持ち1つでしょうけど」
今日はもう終わりにしてください。ー嫌でも連れて帰るとイマヌエルは言う。
「明日は兄上のご領地へお連れします」
「兄のー?」
シャルロッテは聞き返したが、詳細は明日と言うとイマヌエルは黙ってしまった。




