身分
ーユーゼフの結婚式まで10日。日が経つに連れ、シャルロッテの中に父や兄への怒りが沸き起こってきた。自分の母親が命を奪われ黙っていられるはぅがないのだ。それなのに2人ともなぜ平静でいろというのか。
「なら、同じものを味わって頂くわ」
シャルロッテは呟いた。ー私と同じように身内を殺され、どこまで落ち着いていられるか見物させてもらいましょう。大公妃様はー嫌いではなかったけれどお兄様のお母上ですもの、利用させて頂いたわ。亡くなったからと言って結婚式が延期されるはずもないのだから。ーそう、シャルロッテは考えていた。
今彼女が一番気になるのは、婚約者の動きだった。兄のユーゼフと幼馴染で、腹心中の腹心になっている。政務から手を離してまで自分を探しに来たりするだろうかーそこまで彼女は考えていなかった。ついでに言うと、婚約者がどれだけ自分に惚れ込んでいるかということも。
シャルロッテが向かったのは祖父の領地。
侯爵となる以前の、祖先代々の領地だった。母親は男爵家の一人娘だったと聞き、母親が生まれるまでの系譜を調べに来たのだった。
ハルシュバウアー。 公国南西部の、緑豊かな穀倉地帯だ。
馬車で2刻ばかりかかってシャルロッテは祖父の嗣業地に着いた。ー季節が季節なので畑に農夫の姿はない。種を蒔いた畝に丁寧にわらを載せ、冬を越させるのだ。冷害に強いと言っても雹や霰に耐えられるものはない。
「やはり人気はないわね」
シャルロッテは呟き、まっすぐ領主館に足を運んだ。祖父からこの地を継いだのは確かー大叔父大叔母の名を思い浮かべようとするが
名前は出て来なかった。ーまあいいわ。中に入れてもらえたら系図を見られるもの。そう思い直して、シャルロッテは呼び鈴を鳴らし応対を待った。
領主不在のため、侍女は思い思いに羽根を伸ばしている。だが呼び鈴の音がー皆一斉に顔を見合わせた。
「まさか、旦那様がお帰りに?」
「嫌だ、ー今はご出張のはずよ」
「じゃあいったい誰が?」
気持ち悪がって侍女は誰も出ようとしない。その様子に執事が顔をしかめた。
「よほどでない限りは、我々の対応しかねる来客もない」
執事はそう言い、侍女たちをたしなめた。
「見えるとしたら旦那様のご親戚筋にあたる方だろう。ー接収されることが決まっていても旦那様は次を考えてくださるはずだ。対応もせず騒ぎ立てるのはやめてもらおう」
執事に叱られ皆がうなだれた。ー侍女たちが落ち着くと、執事は館の入口に向かった。
「お名前をちょうだいしたい」
執事に言われシャルロッテははっとした。
ー私の名前?1人で遠出することがないので彼女は自分の名を憶えていなかった。
「シャルロッテよ」
「シャルロッテ様ーどちらのご令嬢で?」
執事の言葉にシャルロッテも答えに迷った。
公女と明かしてもいいのだろうか。だがこの先何があるか解らない。ーしばらく考えたが明かすのはやめにし、やっと答えた。
「私は貴族の娘ではないわ」
「それは失礼いたしました。今回はご訪問のご理由だけお聞きしましょう」
何かお困りのようなので。ー執事は言った、
「系図を確かめたいの」
「系図でございますか…」
シャルロッテの回答に執事も唸る。
「どなたのご要望で?」
そう聞かれたシャルロッテは、考えた挙げ句婚約者の家紋を見せた。グランシェンツ城の持ち主、フォン・プレグマイヤー家。執事もその家紋を見て思わず後ずさった。
「伯爵妃殿下…!」
「ーではないけれど、私の婚約者がここの当主なので」
入れて頂けるかしら。ーシャルロッテはそう尋ねた。
「もちろんにございます」
婚約者のイマヌエルとは、あまり話をしたことがない。むしろ個人的に彼とは話す気がしなかった。なぜなら、母親を殺した男と、あまりによく似ていたからでーイマヌエルと婚約するのを嫌がったのもそのためだった。だが、こういう時には彼の家柄が大きく物をいうのだ。
とにかくシャルロッテは祖父の旧領に足を踏み入れた。ーここまで来ることはないわよね。いくらあの人でも。ーそう彼女は思っていたのだが、実は当主の又甥がここにいた。
「若旦那様、ーフリードリヒ様」
執事が急いで呼びに行った。
「公女殿下がお見えです。ー系図をご覧になりたいと」
「何だって!殿下が我が家の系図を…!?」
若い男の声がした。それから間もなく、声の主がシャルロッテの前に現れたー。




