密談
「私は、…殿下のお相手に喧嘩を売ってみるわ」
ロッセラーナ皇女に。ー侯爵夫人は言った。
「そうすれば、ご自分の婚約者だから殿下は皇女をかばうでしょう。そうして皇女から私が見えなくなるようにして頂くわ。喧嘩も形だけよ。何も本気でやる理由はないし」
夫人は言うーその言葉に伯爵夫人は胸騒ぎを覚えた。
「なぜそこまで?」
義妹に問われ侯爵夫人が答えた。
「あの子は虫が好かないー気に入った相手としか話をしない性分なのね。ー気に入っているか使えそうな相手。そうでもないとあの子は背を向けるわ」
主君の娘を〈あの子〉と呼ぶ侯爵夫人。だが本人はその罪深さに気づかない。
「これは伯爵から聞いたのだけど、自分の兄である殿下とすら初めは口を利かなかったそうよ。婚約者のグランシェンツ伯ー殿下の幼馴染の彼が教えてくださったわ」
「…」
「皇女殿下にしても、婚約者の妹が自分の幼馴染に近づくために擦り寄ってきたのだと知ったらいい気はしないのではなくて?あの青年も、結婚式が終わり次第帰国するそうだから、そううまくいかないでしょうけど」
伯爵夫人は来る途中の出来事を思い出して義姉にそれを伝えた。ーすると侯爵夫人は
「まあ…さすがに勘が働いたのね」
と呟いた。伯爵夫人は
「何かあったの?」
と聞いたが、それに回答はなかった。
「彼は婚約者だからね。何と言っても」
探してらしたのでしょうとだけ。
「男を手玉に取れないと満足できないたちなのかしら。ーまだずいぶん若いのに」
侯爵夫人はため息をついた。
「女が手玉に取れるような男はそういないのよ。それなのにああやって漁るとは」
「まさか…いくら何でも」
伯爵夫人は悪寒を覚えた。
「ないとは言い切れないわ。ーただ、私を連れてきた男は、公女が親の城にいた頃から公女と馴染んでいて」
ー絞り出すような声。
「公女の口利きで役目をもらった、と私に言ってきたのよ」
「私も宮廷で義姉様を見た時は見間違いかと思ったわ」
伯爵夫人は言うがー
「私もここへ来るはずではなかった、でも男がついてこいと言うから」
「相手はこの国の人間なの?」
「…そうなのでしょうね。ー初め会った時は言葉もぎこちなかった。でも、この国へ来てから、あの男はずっと滑らかに話し始めた。この国の言葉を」
侯爵夫人は言葉を区切った、それから夫人は再び話し出した。
「公女も小さい頃からあの男を知っていたのだと思う。ーでなければあれほど早く打ち解けるはずがないわ」
2人とも何をする気なのかしらね?ー夫人の口からため息が漏れる。
「…伯爵はあの子をお気に入りだから、訳もなく手放したりはしない。ーでも今のままで一緒になるには不安なのでしょうよ」
「それで、私の手にしていた紙を…?」
「私はそうだと思うわ」
2人の貴婦人はバルコニーの縁まで来た。下には中庭があり、ユーゼフとルドヴィカが椅子に腰掛けているのが見える。
「見てご覧なさい!ー殿下がお妃と一緒に座っていらっしゃるわ」
侯爵夫人は言った、
「お似合いではなくて?仲良く寄り添っていらっしゃるし」
「本当に。…絵になるようなお姿」
ルドヴィカの肩を抱き寄せ、額に口づけするユーゼフ。彼の右手は書類の上にある。
「ー殿下…お仕事中だったのかしら」
「そうかも知れない」
2人が見守っている中、ユーゼフのもとへ1人の青年が現れた。ーイマヌエルだった。左目にした眼帯でそれが解った。
「…結婚式が済んだら例の計画を実行するわ。それも早いうちに。ー息子には話をするけど、他の皆には伏せておいて」
いいこと?それだけは頼んだわよ。ー義妹にそう言うと、侯爵夫人は立ち去った。
「何を…一体何を見てそうやって…」
1人残された伯爵夫人は呆然と立ち尽くしたのだった。




