胸騒ぎ
シュスティンガー侯爵夫人とハフシェンコ伯爵夫人、この二人はかつて義姉妹の関係にあった。侯爵夫人の最初に嫁いだ家、それが伯爵夫人の実家だったからだ。カハストルツ侯爵家ーかつてアステンブリヤの南にあった小さな公国の分家がそれだ。
すぐ下の王国が滅ぼされ本家が巻き添えで没落すると、カテルイコフ伯爵家と一緒に、祖国脱出の道を選んだ。ー伯爵家はそのままロッセラーナへ投降、侯爵家は隣国へ亡命しそこからロッセラーナと縁を結ぶ。そうして彼らの地盤は固まった。
さて、伯爵夫人は義姉のもとへ急ぎ相談に行ったが、途中2人の青年と出会った。
「ずいぶんお急ぎですね、どうしました?」
「ええ、…女官長のところへ」
「確かルーフバルコニーで見ました」
「まあ。ーありがとうございます」
青年に教えてもらい伯爵夫人はバルコニーへ向かった、だが青年の1人が眼帯をしていたのに夫人は気づかなかった。その隣は金髪に緑の瞳ーフェルディナンドだった。
「ーその紙には何が?」
イマヌエルは伯爵夫人に尋ねた、
「私の口からは申せません」
伯爵夫人がそう言うのでイマヌエルはさらに不安になった。
「何か気になるのか?」
フェルディナンドは問い掛ける。
「女性の名前が見えた」
「女性の…?」
イマヌエルが目にしたのは、シャルロッテの
名を綴る最後の4文字、"otte" だった。
「気のせいじゃないか」
フェルディナンドは言ったが、宮廷で彼女と同じ綴りを持つ女性はいない。ー何かを俺に隠している…?イマヌエルは不安に駆られた。
「後で聞いてみたらいい」
「ーそうだな」
少し後ろめたさを感じながらも、伯爵夫人は義姉を探しに行った。
ルーフバルコニーの先端、その手前の側に探している人はいた。シュスティンガー侯爵夫人、国境守備隊長の母親。彼女を見つけると、伯爵夫人は駆け寄った。
「義姉様!!」
義妹の表情に侯爵夫人は顔をしかめた。
「何よ、ーそう真っ青になって」
愛人に夫を殺された彼女には、大抵のことは軽く思えた。
「大変なことが解ったの」
「何がどう大変なの?」
ーユーゼフから渡された紙を伯爵夫人は取り出したが、彼女の義姉は何か受け流すような表情をしていた。
「ついに来たわね」
「…『ついに』?」
義姉の言葉に伯爵夫人は少し平静になった。
「私はずっと思っていたのよ。いつかこういうことになるのではないかと」
予感だけだから何も言えなかったのだけど。ーそう侯爵夫人は言った。
「相手が相手だから、証拠なしに咎め立てできないでしょう?…あれこれ詮索する訳にもいかないし」
「では、…予兆はあったのね?」
「あったわよ。ー皇女が来た頃から」
侯爵夫人は言う。
「私を朝見かけたらそこは母親の部屋だと言い、皇女には挨拶して早々に義姉様と呼ばせてくれと言いーこの前は、あの青年が兄や婚約者と話す様子を見て『私も混じりたい』ですって。…まあ、何と言っていいか」
「…あのシャルロッテ様が?」
「そうよ。考えられないでしょう?あれでどれだけの若者を落としてきたか」
ー目をくらまされた男は相当数いるだろうと言うのだった。
「…この先には嵐が待っているかも知れないわね」
そう言うと侯爵夫人は深くため息をついた。
「避けられないの?その嵐というのは」
ハフシェンコ伯爵夫人は言った、
「策もあるはあるけれど犠牲がいるわよ。ーやり遂げる覚悟ある?」
「聞かせるだけ聞かせて」
義姉に尋ねられ、夫人はやっとそう言ったのだった。




