手玉
兵営に公女が来た。ーそう部下に知らされゴットフリートは急ぎ使いを送ったが、その後で探し物の痕があると聞き驚いた。まずは宮廷へ送った部下から完了報告を受け、
「それでいい。ーよくやってくれた」
とゴットフリートはねぎらったが、兵営まで公女が来たことに彼は違和感を覚えた。
「公女が俺の持ち場にいたらしい」
そうペトロネラに言うと、彼女も目を丸くした。
「宮廷でずっと探していたそうだ。ー俺も部下から聞くまで知らなかったんだが」
ゴットフリートは呟く。
「公女様が兵営にいらした…?」
ペトロネラは独り言のように言った、
「あまりお似合いでない場所ですわ」
「ーお前もそう思うか?」
ゴットフリートは彼女の顔を見る。その瞳に少しずつ胸が弾むのをペトロネラは感じた。
「何がお入り用だったのでしょう」
「うーん」
ーゴットフリートも考えた。
「宮廷で間に合うはずなんだが…。あれでも君主の娘なのだし」
ゴットフリートは言ったが、それでも疑問が解けたわけでなかった。
「なんだか妙なお話ですね、旦那様」
ペトロネラはゴットフリートに言った、だが
「ついでに言うと、俺の任務記録にも誰か触った痕があるそうだ」
「えっ…?いったい誰が…」
ペトロネラは気味悪くなった。
最近では、ゴットフリートもペトロネラにだけ話をしていた。他の者は信用できないー何かがそう感じさせるのだ。彼は軍人として生きてきたから生き残ることばかり見ているわけでもない。だからといってここまで命を軽いもののように見られると、さすがに彼も腹が立つのだった。
「ーお前が1人でいた間、城を訪ねてきた者はあったか?」
ゴットフリートは尋ねた。ペトロネラは
「いいえ」
と言ってから、
「…ただ、鍵を誰か動かしている気がします」
「ー鍵を?」
ゴットフリートは驚いた。
「城の鍵か、それとも部屋ごとの鍵か?」
ペトロネラに聞いてみると、
「部屋の鍵です」
それも大旦那様が亡くなってから。ー彼女はそう言った。
「シャルロッテ様はこちらにもお越しなのかも知れません。ー旦那さまがいつ頃留守にされるか父は解っておりますから、それで」
「俺の留守を狙って忍び込んだ?ーそんなばかな」
ゴットフリートはふっと笑ってしまった。
「ですからあの方は恐ろしいのです。何を考えてらっしゃるか解りませんし、いつ敵に回られるかも」
もともとあの方が10歳まで住んでらしたお城ですから、部屋割りなどもシャルロッテ様はよくご存知のはず。ーペトロネラは言う。
「そうだったな」
ーあの公女は祖父を殺した罪を俺に着せるつもりなのか。ゴットフリートは薄気味悪くなってきた。ー母上と俺とに身内を殺されたと思っているんだな。だから両親のいたこの城に忍び込むんだろう。そのうち俺も公女に消されるかも知れない。ーだが相手が公女というだけに対策は思いつかない。
昼過ぎにユーゼフから届いた信書。翌日の午前中なら時間を取れるらしい。親友からの信書を見て、ゴットフリートは彼と話し合うため久々に登城することに決めた。ー自分の研究資料や任務記録など重要な証拠を1つにまとめて。ペトロネラも連れて行こうと彼は声をかけた。
「私が宮廷に…?」
自分はここでいいと彼女は言ったが、1人にしたくなかったのでゴットフリートは何とか同行を承知させた。
「しばらく無人になるから」
彼が言うと、
「そうですね。ー仮に大奥様だとしても」
ーペトロネラを侍女として奉公させ、自分はユーゼフと相談したうえで兵営の任務に戻るのだ。




