帰るか残るか
従者が明かさないために、シャルロッテの居場所は宮廷で知られずじまいだった。皆が彼女の行き先を思い巡らし話し合っている。その輪に入っていないのはフェルディナンドただ1人で、彼は衛兵たちと話した後に軽く水を浴びて休んでいた。
身長は6フィートあると母親の侯爵夫人は言っていたが、彼女が思うよりも息子の背は高かった。フェルディナンドとすれ違ったら男も女も振り向くー背丈と体格に圧倒されるのだった。横顔より少し暑い胸板と顔が3つ収まるほどの肩幅。背丈は6フィートを少し超えていただろうー6フィートと数インチ。
水浴びから戻ってみると何やら周りが探し回っていたので、フェルディナンドは、
「ー誰がいなくなったって?」
と聞いてみた。シャルロッテ様ですと言われ
「この前はいたんじゃないのか?そう急に消えたりするもんか」
とフェルディナンドはうそぶいている。そういう彼は、ルドヴィカから彼女の従兄が
「叔父と入れ替わりで帰国するから」
と言われ、それと並行してアステンブリヤの出迎えをしないといけないのかと彼は面倒に感じてしまうのだった。
「ヴェストーザ公はいいが⋯もう1人は⋯」
幼馴染の言い方にルドヴィカは吹き出し、
「気持ちは判るけれど、表に出さないでね」
と念を押した。それでなくても、エンリコは父親との交代準備に余念がなく無駄な時間は割けない。この状況で電報を見てもらうのも気が引けたが、結婚式の後々までいる必要はないとフェルディナンドは考え、様子を見てエンリコに見せに行こうと決めた。それなら悔いのない決断ができると思ったからだ。
「閣下、ーお時間頂けますか?」
フェルディナンドは、時間を見計らって、引き継ぎ準備に忙しいエンリコにそっと声をかけた。従妹の幼馴染としても彼を信頼していたエンリコは、
「フェランか。ーどういうご要件かな」
と、気持ちよく付き合ってくれた。
「実は、…電報が届きまして」
「何、電報?ー君宛てにか」
「ーはい」
そう言って、ルドヴィカと自分2人に届いた電報をフェルディナンドは見せた。
「ーこれがなければ、閣下のご相伴で帰国するつもりでいたのですが」
何だか帰る気を削がれました。ーエンリコに彼はそう告げた。
「本当だ。護衛も兼ねている人間を『連れ帰る』というのが穏やかではない」
エンリコはそう言って腕を組む。
「連れ帰る⋯護衛の君をか⋯」
エンリコも少し考え込んだ。だが、遠縁の親族について彼はあまり面識がなく、
「父親は私自身気に食わないーだが息子の方はまだ解らない。親も子も同じかも知れないが」
会ってやって悪くはないだろうーそう言うと笑ってみせた。
「あまり横柄だったら軽く相手をいなしてやっていい」
そう、フェルディナンドに言ったのだが。
「あちらは評判も良くはないのですか?」
エンリコは聞かれ、
「国で好感を持つ貴族は少ない。最低限の用心はするべきだろう」
とフェルディナンドに答えたのだった。
シャルロッテは従者も四方へ動かし情報を集めていた。女官長の愛人ーこの男は面影が
誰かに似ている気がしたのでー使えるならば使ってみようと彼女は考えたのだった。そうする間にゴットフリートのもとへ公女が来ていると知らせが入り、兄や婚約者に居場所を伝えるがいいかと彼は部下にシャルロッテに尋ねさせた。シャルロッテは言った、
「ええ、…そうしてちょうだい」
ーここまでで半月が経っていた。




