代理
シャルロッテのいた場所は、なんと守備隊駐屯地だった。アルムシュトルーヘンにある国境沿いの小さな町、タッセルバウム。この町にゴットフリートの研究施設があったからだ。ペトロネラの父親を娘と別れさせ自領に引き取ったのもそれが理由だった。
ー馬に乗れば1日で着く距離だが、誰にも告げずに出て来たので騒がれずに済むはずがない。それでも彼女がここまで出向いたのは友人たちのためだった。複数人の貴族令嬢が望まぬ妊娠で泣いていたのだ。目覚めた時は男の腕に組み敷かれていたとー。それを兄の口から聞いたシャルロッテは、ただごとではないと侍医を訪ねた。
「中絶薬…何に使われるのですか?」
公女の言葉にそう簡単には渡せないと話す侍医。
「ーご自身は宿しておられないのでしょう?そう急がれることもないのでは」
「友達が苦しんでいて」
シャルロッテは言った、
「彼女たちを見捨てておけないの」
ー侍医も迷った。話を聞いて、婚約者に薬を処方してもらうよう助言したのだが、すぐに使いたいと言われ仕方なく兵営に行くことを侍医は提案した。
「兄君のご親友に手をお借りなさい」
彼ならそういうものも用意していると。ただ侍医はこうも言った。
「分けておもらいになる程度で良いならその方が無難でしょう」
娼婦に使うためですから飲みやすくないとも存じますが。ー兵士が娼婦を妊娠させた時のため用意したのだった。だがシャルロッテはゴットフリートに良い印象がなかったので、黙って彼の任地へ来てしまった。ー婚約者か兄に事情を話し後で謝ってもらおう。ーそう彼女は考えていたのだが、それどころの話でなく、兄も兄の婚約者も彼女を探したり引き継ぎ準備をしたり忙しかった。
「手紙に返事が来ない。何があったの?」
シャルロッテは侍女に聞いた、だが
「まずおいでいただくのが先だとお兄上が」
結婚式の日取りをお考え中でもう時間はないとおっしゃったそうです。ー侍女は言った。
「…お義姉様は?」
「お兄上や、…殿下のご婚約者様と相談などなさっていらして」
これもまたシャルロッテには不本意だった。ーこうも宮廷が慌ただしいのはどういうことなのだろう!私一人いないからと言って。
「もう一つございます。ただ…」
侍女が言いづらそうにする。
「何?口ごもっているようだけど」
シャルロッテは早く話してくれと言ったが、非公式の話だと言って侍女はなかなかそれを言おうとしなかった。
「ー口止めされているの?」
シャルロッテが尋ねると
「公にされていない上にあまり喜ばしくないことのようで」
と言うのだった。ーやはり何かあったのだ。そう感じたシャルロッテは、兄にも、自分の婚約者にも聞いたことは伏せておくと言って侍女を安心させた。すると侍女は言った、
「傍系皇族がいらっしゃるそうです」
ー傍系皇族…。さすがにこの言葉には馴染みがなく、シャルロッテも考え込んだ。ー兄嫁の親族か。だが家の名も私は知らない。これは何を意味するのだろう。もう一つは、従者が宮廷で受け取った伝言。
〔ーお兄上の挙式なさるのもそう先のことでなくなりましたから、まずお戻りください〕
婚約者のイマヌエルからそれだけは伝言があったらしい。だが今帰ったら中絶薬はどうしたらいいのか。シャルロッテは悩んだ。
「今帰ったら話すどころではないわ」
薬だけもらったら帰ると伝えさせ、駐屯地の薬剤所へ向かうが開いていなかった。兵営の責任者がいないため休業すると扉に貼り紙が出ている。ゴットフリートが喪中で休みたいと届け出ていたのを彼女は忘れていた。だが疲れたのでシャルロッテは駐屯地でもう1日羽根を伸ばすことにした。




