電報
ー侍医から説明を聞いた後、イマヌエルとフェルディナンドは2人並んで医務室を後にした。
「アコイチン…聞いたことのない名だな」
フェルディナンドが言うと、イマヌエルもうなずいてこう言った。
「確かに。ー私も初めて聞きました」
研究管理している人物がこういう時にいないのは残念ですーイマヌエルは言った。
「医務と薬事は別扱いですか?」
フェルディナンドは彼に尋ねた。
「こちらではそうです。内服薬の調合など患者の体内に入れるものは医務で、手術用の薬品を研究したり製造したりするのは薬事になります」
「腫れ物の切除などは薬事ーああ、侍医も携わるとなると薬事だけと言い切れませんね」
「ご明察です」
ーイマヌエルは微笑む。
「基本的に別にしているのですが、今回のように分類できないこともあります」
「そうなのですか…」
フェルディナンドは考え込んだ。
そして、検出された毒の排出方法について彼らは話し始めた。
「解毒剤はないという話でしたね」
「そう。…それがつくづく心残りです」
もし妃殿下がお飲みになっていたらと思うと背筋が寒くなりました。ーイマヌエルはそう語った。
「それでなくても…犠牲者が出たのは…」
「全く同感です。誰がこういうことをしたのか」
イマヌエルは憤っている。
「妃殿下はご気性の激しい方でもご気分にむらのある方でもないので、恨みを抱く者がいるとは私には考えられません」
「…動機は何でしょうね」
「さあ…」
話をしながらフェルディナンドは少しずつ気が気でなくなった。ーこういうところに、こういう危険な場所に惚れた女をいさせたくない。でも俺に何ができるんだろう?ーそういう思いが彼の胸を締め付け始めた。一方、ユーゼフは婚約者の姿を探している。
「ルイーザは?」
執事に尋ねると、あちらです、と大公妃の寝室を指した。何度も侍医や看護婦が部屋へ来るため大公の寝室と別にされていた。その寝室へルドヴィカは見舞いに来たのだった。
ー気に入りの侍女に死なれ、大公妃は気を落としすっかり弱ってしまった。長く仕えてきた侍女で、彼女には数少ない話し相手だったらしい。
「結婚相手のはずが、看護婦を呼んだのと同じ形になったね。母の見舞いで」
ユーゼフはルドヴィカに詫びた。
「それは仕方ありませんわ。ー私の身内が病気にかかっても、このようになったのではございませんか?」
ルドヴィカは婚約者にそう答えたが、彼は
「婚約式の始まった途端にこうだからね。僕も正直気が滅入っている」
「それは無理もありませんけれど、お口に出しておっしゃらなくても」
ルドヴィカが言った。
「ああ、…そうだね」
婚約式をどうしようかとユーゼフに聞かれ、ルドヴィカは当分先でいいと答えた。
「結婚式もそう遠い先のことでないのですし…やり直さなくても」
「そうか…」
息子から嫁を取り上げて悪いと、大公妃はユーゼフに詫びた。だが彼は母親に言った。
「母上が悪いのではありません。お詫びはご遠慮ください」
と。ーそれからルドヴィカを連れ彼は中庭へ向かった。2人の姿を見かけた執事は、声をかけて呼び止めた。
「卿はどちらに…?」
ユーゼフに彼は尋ねた。
「誰だ?ー誰を探している?」
ユーゼフが聞くと、執事は、
「フェルディナンド卿でございます」
と告げた。
「まだ医務室だと思う」
ユーゼフは言った、だが執事の後ろから声がした。
「私ならこちらにおりますがー何か?」
「お国より電報が届きまして」
「電報…私宛てに?」
フェルディナンドも驚いた。ー誰から電報が来たんだ?しかもよその国まで。ー胸騒ぎを感じながら彼は台紙を開いた。まずその目に入ったのは、マルゲリータからの伝言という文面。その下にはアレッシオ3世閣下という言葉が続いていた。
「アレッシオ3世…?いったい誰だ」
フェルディナンドは呟いたが、彼の呟きがルドヴィカの耳に届いていた。彼女は執事に
「宛名の見間違えでは?」
と尋ねたが、確かにフェルディナンド宛てに来たものだったという。
「もしやお心当たりが?」
幼馴染の問いかけに、彼女は
「アステンブリヤ家の現当主よ」
と答えた。
「アステンブリヤ家か…!」
名前を聞いたフェルディナンドの胸に激震が走った。




