呼び出し
「ユーゼフ様が、今晩お会いになりたいとおっしゃっておられます」
執事がそう侯爵夫人に言ったのは、ちょうど侍女があがり始めた頃だった。
「お母君へのご投薬でも、殿下はあなたに疑問を抱いておられ…」
「ご指名は解ったけれど…私は薬事にまでは手を出していませんよ」
どういうことなの?ー侯爵夫人も毒を持ったと疑われ面白くなさそうだ。
「あなたのご指示で薬を差し入れたという方がいらっしゃったので」
「とんだとばっちりだわ。ーいったい誰がそのような…」
「であれば、その件は無関係と申し上げておきましょう。ですがー」
執事は言を継いだ。
「お呼び出しには応じないといけないのね?」
「ーお願いいたします」
執事は丁重に頭を下げた、侍女は驚き彼の顔を見た。
「殿下からお直々にとはどういうー?」
「今に解ります」
執事もそれだけしか言わなかった。
寝具の準備を一旦やめさせ、入浴の支度をさせる。ー終わると侯爵夫人はデイドレスに再び袖を通した。
「本当にいかれるのですか、奥方様」
「行くしかないでしょう?ー何と言っても主君のお呼び出しなのだから」
なんとなく理由は読めた。食事会で着ていたドレスが、公女シャルロッテやルドヴィカに話題にされたことや、執務室のある棟に絵がかかっていることなどから。ードレスも絵も自分の本意ではないが、情夫が名を売り出すためと自分の名で買い込んだのだろう。
「あの男と関わりさえしなければ…」
今は彼女にもため息しか出なかった。
日の落ちる前に侯爵夫人は執務室に着いたが、そこには、ユーゼフの他に眼帯を着けた青年がいる。ーイマヌエルだった。
「伯爵ーなぜここに」
そう尋ねると、彼は静かにこう切り出した。
「あなたもご子息もこの国に昔からいた方々と私は見ておりました。ーそれが違うと判明しましたので」
そう言って、一枚の紙を彼は侯爵夫人に差し出す。
「どちらがお2人のご本名ですか?お答えいただきたい。ー場合によっては追放という荒療治に出ないといけませんがーそこまではいかずに済むことを我々は願っております」
紙にあったのは2つの名前ースラヴ語の名とゲルマン語の名。侯爵夫人はこれを見て息を呑んだ。
「これが、これがなぜこうして…」
「するとあなたはご存じないのですね?」
イマヌエルは言った、
「こちらに来る時にスラブ語の名は捨てておりましたから」
彼に対する侯爵夫人の答えだ。
「息子に名乗らせたのは何かあったらその地へ帰れるようにと」
血縁はありませんが言葉だけは話せるように教えました。ー侯爵夫人は言った。
「もともとはあちらの出身なんだね」
ユーゼフが尋ねると彼女は答えた。
「はい、殿下」
「ー国を捨てたきっかけは?」
ー侯爵夫人は言った。
「情夫の子を身ごもったからですー夫との子ではなく」




