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その花は天地の間に咲く 前編  作者: 檜崎 薫
第一部
19/96

形見

 食事会は嫡男に任せ、妻の看病をするため大公は1人部屋に籠もっていた。

 ここは執務室ではない。ー宮殿の最上階にある大きな部屋。大公専用の書斎だ。机には一枚の書面。執事が置いていったらしい。

 「これはどうすべきか…」

 大公は考え込んでいた。この名前は自分の部下にないーあるとしたら息子の部下だが、なぜ自分によこされたのか。

 「黙って受理すると後で問題になる。だが当人は来ておらんし」

そこで大公は息子を呼ぼうと決めた。息子に話してもらう他ない。ー息子が彼の婚約者を奪ったので生きる気力をなくしたのだろうと大公は考えたのだった。

 その息子本人は、婚約者と一日近く一緒に過ごしている。仲の良さは際立っているよう

ー他に息子がいなくてよかったと大公は胸をなでおろしていた。いたら兄弟げんかだけで済まなかったかも知れない。

 大公は執事を呼んだ。

 「これはユーゼフのもとにやってくれ」

 「ユーゼフ様のもとに…執務室に持って行けということでございますか」

 「そうだ。ーわしの話す相手ではない」

承知しましたと執事は書面を引き取ったが、その表情も冴えなかった。国で一、ニを争う実力ある領主が、ここへ来て領地返上を言い出すとは。原因はユーゼフにあるーだがその自覚が本人にあるだろうか。

 ー執事は言った。

 「殿下から伺いました」

何を?ー大公は顔を上げた。

 「妹君が、…食事会で麦増産の話をなさっていたと」

 「ーそうか」

 「それを給仕長は、雇い入れる金がないと釈明申し上げたのだそうです」

 「ふむ…」

 そうよな、ー大公もうなずいた。

 「それは間違っていない。ーだがあの席でその話が出るとは」

執事はもう一つ語り始めた。

 「閣下、あのご婦人の衣装ですが」

近頃目に余るものがございます。ーそう彼は主君に訴えた。

 「朝も、シャルロッテ様やルドヴィカ様が食事会の始まる前に口になさり」

 「…うむ」

 「奥の席では会の半ば頃まで彼女の衣装が話題に上ったとか」

大公もそうか、と言い頭を抱えた。

 「わしも少なからず気にしておった。だがそこまで目立つとは…」

 「さようでございましたか」

 「年々あれの身に着けるものが気品よりも華美を目指す気がしておったが、やはりか」

 「…いかがいたしましょう?」

 「そうさな…」

 執事に問われ大公も悩んだ。そして執事に尋ねた。

 「ユーゼフは何か言っておったか?」

 「侯爵夫人については何も」

ただお母上のご容態は気にかけておいでで。

 「ーそうか。他には?」

 「妹君が夫人の寝起きした場所に違和感を覚えられ、苦慮なさったご様子も」

執事は言った。

 「母君様へのご投薬の件で、ユーゼフ様は女官長にお尋ねになりたいとも」

 「ならこの件は息子に任そう」

 「承知いたしました」

 書斎を出ると執事はまずユーゼフ二会いに行った。大公妃の病気のこともあるから早く話す必要があった。だがユーゼフは執務室にいないことが多くなっていた。

 「殿下なら、妹君とおいでですわ」

侍女に言われ向かってみるとー

 「あら、…これだけ着ていないものがあったの」

シャルロッテが驚いている。母親の部屋から衣装を取り出したら、8割弱が未使用だったらしい。 

 「似合う女性はいるんだろうか…」

ユーゼフは呟いた。

 「お義姉様でも似合わないの?」

 「ルイーザだと、髪が黒いから暗く見えてしまうだろう?」

妹の質問にやんわり答えるユーゼフ。執事は後ろめたさを感じつつ2人の会話を遮った。

 「ユーゼフ様、少しよろしいでしょうか」

 「ああ、…構わないが」

 「女官長についてお話が」

 「ー解った。すぐ行く」

妹にまた後でと断りユーゼフは執事と話しに出て行った。そこで彼は親友の署名した紙を見せられた。

 「これをゴットフリートが…?」 

 「はい。ー女官長のご子息で噂も多々ありますが、閣下はその能力を買っておられ」

 「それは僕も解る。ー僕が前に脅したせいかも知れないが」

なぜ今なんだろう。ーユーゼフは呟いた。

 「閣下は、…侯爵より、彼の母君であられる女官長のことで悩んでおられます」

 「女官長の?」

 「はい。ー本日の衣装も含めまして、年々華美に奔っておられるようです」

 「それは困ったな…」

ルドヴィカの持参金も含め、帝国からは類を見ないほど高価な贈り物が入って来た。だが都市部も多い国で、宝石や貴金属はその中に含まれていない。毛皮もそうだ。冬の衣服も羊毛などの織物が殆どでー。

 「ルイーザが知ったら卒倒するだろうな。ここまで派手好きなのがいたのかと」

 「同感でございます」

 「まず話を聞いてみよう。…母上の薬の件もあるし…この前は、執務室の外にかかっていた絵画について聞かれたんだ」

 「あの、別棟のでございますか?」 

 「そう。あの絵画類」

 ユーゼフは少し考え込んでいたが、やがて執事に言った。

 「今度、執務室へ顔を出すよう侯爵夫人に伝えてくれ。父上と僕の名で」

 「承知しました」

 「妹の母上が着ていた衣装だが…あれは妹に着てもらうか譲り渡すことにする。衣装係に予定を空けさせて、仕立て直しさせてくれ」

それだけ言うと、ユーゼフは執事から離れて立ち去った。行き先は衣装室だった。

 兄を追って来たシャルロッテ、彼女は眼の前に広げられた膨大な貴金属に眉を顰めた。

 「これはいったい何なの?」

宮殿は金庫ではなくてよ。ーその言葉には、シャルロッテの怒りがこめられていた。

 「女官長への仕送りだ。ー年々増えてる」

ユーゼフは妹に言った。シャルロッテは、

 「誰がここまで?」

と言ったが、ユーゼフは

 「解らない。ーだがまず前任者の形見分けをしよう」

と妹に提案、シャルロッテもそうね、と兄に同意した。

 「その後でこれらの処分を」

その夜、食事の後に侯爵夫人は執務室へ呼び出された。衣装代や家具など調度類の経費について彼女は説明を求められた。



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