話題
位の低い順に席に着き、最後にユーゼフがルドヴィカとともに着席してついに朝食会が始まった。ユーゼフとイマヌエルを除くと、どの貴族も独身者ばかりだ。礼儀を見習いに来た子弟たちか婚約者募集中の貴族令嬢かー他はどの顔も宮廷の侍従や女官でしかない。
その中でもシュスティンガー侯爵夫人はその豪奢な装いで知られていた。
「まあ…立派な衣装でいらしたこと」
「ずっと体型が崩れないのね」
「ドレスを仕立て直さないのも気に入っているせいか」
でもあの生地いくらしたのでしょう!いくら貴族とは言えあれほど派手には…。皆が彼女を見るたび顔をしかめた。金糸を何本も生地に織り込み、裾飾りに純金のタッセル。さらに何箇所にもわたって宝石が散りばめてある。
『夫が贈ってくれました』
侯爵夫人も初めはそう言ったが、日が経つに連れその言葉は出なくなっていた。70過ぎの老人が馬で領内を回れるはずもなくーまして登城したり鉱山へ出向いたりできるはずなどないのだった。
『ご主人からです』
情夫は彼女にそう言ったが、侯爵夫人はこの男が作らせたに違いないと思っていた。ただ生地を手に入れる金がどこから出てきたかーその謎はどうしても解けなかった。夫からでないと解っている以上は捨ててしまって良さそうなものだったが、捨てられず身に着けて
しまうのだった。
『高貴な方の御前であまり豪奢を競うのはお控えください』
息子のゴットフリートは母親にそう言った。
『40を過ぎたばかりとは言え、母上も既婚女性なのですから』
ゴットフリートは言ったーだが侯爵夫人は、着飾りたい欲求を捨て切れなかった。宝石も衣装も買えば買うほど、次が欲しくなった。いつしか財産は使い尽くしたが、公費からの出費で一割弱は賄えていた。
『散財のしすぎです』
これも彼女は息子に言われたがーどうしたら思いとどまれるのか。
シャルロッテもルドヴィカも、侯爵夫人の衣装に目を向けている。だがそれは賛辞ではなかった。
「お料理が宝石で見えなくなるわ」
「…女優の舞台を観に来たようですわ」
ドレスが華やか過ぎて、食事に目が向かなくなるというのだ。ーそれでも自分たちの前にフィンガーボウルやカトラリーが置かれると話題は食事の献立に移った。
「今日は黒パンと豚肉が主なのね」
「あら。…飲み物はお酒がほとんどね」
シャルロッテとルドヴィカの会話。傍からも実の姉妹のように見える。
「果汁はこの時期ないからかしら。ー残念だわ」
シャルロッテが言うと、ルドヴィカも
「なら私も飲み物は水で済ませるわ」
とー。その様子に、ユーゼフもイマヌエルも頬をほころばせた。
「ルドヴィカ様はお優しいのですね」
大公の妹ハウデンブルク伯爵夫人が言った。
「いいえ、…そのようなことは」
ございません。ールドヴィカは答える。
身内がこの国にいないので、彼女は慎重に言葉を選んでいた。従兄や姉に話すのと違い自由に話せる環境でないからだ。
「黒パンも切らしたと聞いていたけれど、粉はまだあったの?」
シャルロッテが言うと、給仕は
「あと数回は…」
「なら、作付けを増やさないと」
「それが、…出費がかさみまして」
ライ麦の生産面積を増やせとシャルロッテは言っているのだが、雇入れの費用が出ないと給仕は彼女に答えたのだ。この会話に居並ぶ貴族が不安を感じ始めた。
「麦を増産できない?」
「『出費がかさんでいる』と言ったな」
どこが、何が原因なのか。ー皆顔を見合わせ議論を始めた。
「いつもお国ではこの雰囲気ですか?」
エンリコはそうユーゼフに尋ねた、
「そのようなことは決して」
「ならいいのですが」
従妹を嫁がせても食に事欠くようでは困る。ーエンリコはそれを気にしていた。奥の席は
まだ侯爵夫人の衣装を話題にしている。だがユーゼフにもエンリコにもそれは頭の片隅になかった。
「増産…どうしようか…」
ユーゼフはイマヌエルに尋ねた。
「あの方のご子息が戻られたら一度ご相談なさってみては」
ゴットフリートに聞いてみたらどうかーそうイマヌエルは答えたのだった。だが果たしてそれができるかどうか。ー爵位領地とも国に返上すると、ゴットフリートは大公に文書で願い出ていた。




