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その花は天地の間に咲く 前編  作者: 檜崎 薫
第一部
16/96

兄の親友

 イマヌエルに事情を聞いた後、執事は軽くうなずいてフェルディナンドを宮殿の裏まで連れて行った。高い木の影から反り立つ壁が見えていたがー目的の人物はその手前にいるという。

 「木々の奥は太子の居城で、通常その手前で太子は政務を執っております」

と。

 説明がなければ見過ごしそうなごく小さな建物なのだが、中は装飾画や壁飾りに彩られ目を見張るほどの美しさだった。

 「ここで、殿下は過ごされるのですか」

 「ーはい」

 「絵画なども殿下が?」

ーいろいろ執事と話してみたが、ユーゼフの趣味について尋ねると、

 「音楽の他にはないように存じます」

と執事は言うのだった。

 「すると、絵画はお父上でしょうか」

 「さあ…?私にも解りません」

絵画類の選定を申し付けられたことは今までありませんで。ー執事はそう答えた。

 この建物に部屋らしい部屋はなく、あると言えば執務室程度だった。後は窓と階段だけしかない。上の階は執事や侍従たちの通路となっているらしいが、その通路もどことどうつながっているのか解らない。執事と話している間にフェルディナンドは執務室にやってきたが、この扉が周りに比べ重厚感がありー

 「少々お待ちください」

と言って執事は扉を叩いたのだが、奥からはやっと誰だ、と問いかける声が小さく返ってきた。

 「お探しの方をお連れいたしました」

執事がそう言うと、中にいた人物は、

 「ご苦労。ー通してくれ」

と侍従に扉を開けさせた。

 遠目から見て解るほど公子は人好きのする美男子で、フェルディナンドは彼を一目見た途端にああなるほど、と納得してしまった。

これはたしかに人間離れしているな。ーそう感じたのだった。

 侍従に紹介状を渡すと、侍従はそれを奥の人物に差し出した。奥にいた人物は椅子から立ち上がり、笑顔で右手を差し出した。

 「こちらまで来てくれてありがとう。僕がこの国の太子ユーゼフ・ブルクハルトだ」

よろしく。ーユーゼフは柔らかな声と表情でフェルディナンドを迎え入れた。

 「ユーゼフ殿下。お目にかかれて光栄です。私はサヴァスキータ侯爵の世子で、名をフェルディナンドと言います」

 「フェルディナンド卿ー。そう君を呼んでいいのかな」

彼はフェルディナンドに話しかけた。

 「はい、殿下」

 「サヴァスキータ侯爵のご世子ー君の実の父上が辺境伯なのか」

 「ーはい」

 少し話すとユーゼフは微笑み、

 「今日はよく来てくれたね。疲れただろうーせっかくだから何か飲んでくれ」

酒も少しならあるがどうする?ーそう聞かれフェルディナンドは

 「実のところ未成年なので…水を少しばかり頂ければ」 

と笑いながら言った。ユーゼフも彼の回答に

 「そうか、ー未成年なら酒は良くないね。後で水菓子を持ってこさせよう」

と苦笑いした。フェルディナンドは

 「恐れ入ります」

と答えたが、彼の気配りに感動した。侍従の一人が外套を掛け、もう一人が扉を閉めた。そこへ執事が水差しとガラスの盃を盆に乗せ2つ持って来た。フェルディナンドは執事に礼を言い、盃の水を少し口に含んだ。 

 ユーゼフは尋ねた、 

 「先ほど君は未成年と言っていたが、今の年齢はいくつなのか、教えてもらえないか」

 「19です」

とフェルディナンドは答えた。

 「19ー?19歳なのか、君は?」

 「はい、殿下」

ユーゼフは少し考え込んでから、別のことを尋ねた。

 「息子は2人いたと僕は聞いているがー、君と兄上とはいくつ離れているんだ?」

 「ー4つです」

 「すると、君の兄上は今年23歳なんだね。ーうん、確かに記録と合っているな」

それから彼はフェルディナンドに真顔を向けこう言った。

 「ルドヴィカ皇女に送った記録だがー君

も目を通してくれただろうね?」

 「はい、ー確かに」

 「君にも彼女と一緒にしばらくここにいてもらおうと思うーもし危急の用がなければ。部屋も付き人も用意させよう」

ユーゼフは言った。侯爵は喪中で今いないが彼の母親は宮殿にいるはずだ。ーそう話すと執事を呼んで彼は水菓子を持ってくるように言った。

 「今日はここで終わりにしよう。また君を呼ぶことがあるかも知れないが、その時にはまたよろしく」

 ユーゼフは柔らかい表情に戻った、最初の面談が終わりと聞いて、フェルディナンドは気になっていたことを尋ねてみた。それはー

 「壁の装飾はどなたのご趣味ですか?」

執務室の落ち着いた雰囲気とだいぶ差があるからだった。あれか、と言いユーゼフは笑い出した。

 「この建物にかけてある絵画だろう?正直僕にも解らない。父もあの類の絵は好きではないし…」

侯爵夫人かもな。ーそう彼は言った。

 「侯爵夫人ですか?」

兄は妻帯者だったのかとフェルディナンドは驚いたのだが、ユーゼフは 

 「先代侯爵の奥方だよ。彼の母親が後妻に収まり、そこから爵位を引き継いだんだ」

 「そうだったのですか」

 ー話を聞いてだんだん兄への不信感を強くするフェルディナンドだったが、あまり表に出すことはせず、後で兄本人に話を聞こうと考えた。ユーゼフもゴットフリートには弟と引き合わせるのをやめ、代わりに他の貴族ーイマヌエルや他の官僚ーを通して弟の様子を見せることにした。実の兄弟なら紹介なしにしても互いにすぐ解るだろうということで。そうしてその日は終わった。 

 ールイーザを探しに行こう。一息ついた後フェルディナンドは動き出した、だが皇女の姿は見えなくなっていた。執事に尋ねると、

 「お部屋へ入られました」

という話で。ーなら見かけるはずがないな。フェルディナンドは寂しさを噛みしめた。

 

 

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