伯父と姪
皇后の実家、サヴァスキータ侯爵家。長く皇帝と対立してきた帝国屈指の有力貴族で、治める面積の広さは帝国内で一、二を争う。摂政大公の領地ですら侯爵のそれと比べ物にならずーまして他の貴族たちは遠くこの家に及ばない。
諸外国とは縁を結んできたが、皇帝の娘を迎えることも、娘を皇帝に嫁がせることも、この家はして来なかった。それが思いがけず息子娘の恋愛関係から皇后をここから出そうという話になり、現当主の妹が、初めてこの家から輿入れした。それが今の皇后でつまりルドヴィカの母親だった。そういういわれもあり、政略結婚でも強制はするまいと皇帝も皇后も決めていた。なのでルドヴィカが手を挙げなかったら、ユーゼフが申し込んで来ても結婚の話はなかったことになる。そうしておきながら、ルドヴィカは伯父のもとへ行くと言い出した。ーなぜ今なのかと皇后は娘に問い質したが、ルドヴィカは今だからとしか母親に言わなかった。
『ーあなたがご領地へ伺うことを伯父様はご存知なの?』
『もう知らせたから大丈夫』
ーこれだけの会話で終わったため皇后は兄に急ぎ書き送ったが、侯爵から返ってきたのは〔解った〕という一言だけだった。
侯爵は姪からの手紙を既に受け取っていて後は本人が来るのを待つだけだった。結婚を控えた姪が訪ねてくるのに不安はあったが、侯爵はその不安を押し殺した。
「やはりな…」
姪のルドヴィカが来るとはいっても、決して自分に会いたいわけでないのを侯爵は重々に解っていた。会いたいのは侯爵その人でなく後妻の連れ子で、それも男だ。
「あれにも考えはあるんだろうが…」
手紙を読み返しながら侯爵は一人呟いた。
ーわしの養子を一緒に連れて行ってどうするというのだ。養子に会いたいと姪に言われて侯爵も悩んでいた。妹からも手紙は来たが、返事も解ったと書く以外になかった。それで彼はそうしたのだが、実際の話、何があって
ルドヴィカが養子と会いたがっているのか、侯爵も解らなかった。前もって知らされてはいたので連れ子にも伝えたが、侯爵は今でも納得できていない。それでも会いたいのなら会わせようというくらいの感覚でいた。
侯爵があれこれ思い巡らしながら執務室で書類に向かっていると、外から車輪のきしむ音と馬のいななきとが聞こえた。それで窓の外に目を遣ると、若い女性が馬車から降りて城に入るのが見えた。そうするうちに今度は侍従がやって来た。
「閣下、ご到着です」
皇女が着いたという意味だ。それですぐ彼は後妻の子を呼びに行かせた。
「フェルディナンドを呼べ。ーすぐにだ」