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その花は天地の間に咲く 前編  作者: 檜崎 薫
第一部
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叶わぬ恋

 ー俺は何だか割に合わないことをしているな。フェルディナンドはそう感じながら馬を制御していた。幼馴染の護衛につきながら、幼馴染の従兄と話しながら、彼は自分の中に言い切れないもどかしさを感じるのだった。

ー兄貴?今さらどうだっていい。仲良かったわけでもないんだし、第一腹違いだから俺は兄貴と一緒に育ってこなかった。公子?いやもっとどうでもいい。他国の君主一族が俺に何をしてくれるんだ。誰か教えてくれ。俺が幼馴染の輿入れについていくと決めた理由は何なんだ?

 フェルディナンドの様子に気づき、窓からルドヴィカが声をかけた。

 「どうしたの?⋯顔色が冴えないけど」

 「悪い。子供の頃を思い出しただけだ」

フェルディナンドが言うと、そう、と返してルドヴィカはまた中に戻った。その二言でも二人の親密さが傍からも読み取れたー決して浅い付き合いでないことが。声音や力加減といったものに、フェルディナンドのそれには特に強く現れていた。

 幼馴染と一言で言い切るには、彼の感情はあまり濃くなりすぎた。自分と一緒に育ってきた少女が皇帝の娘と知った時、彼は自分の生まれと育ってきた環境を呪った。ー系図が明らかでないためだけに俺は恋を諦めなきゃならないのか!どうして親父はあんなに早くおふくろと俺を残して死んだんだ!幼馴染の瞳が放つ澄んだ光にとらわれてしまいー彼は知らぬ間に恋に落ちていたのだった。

 初めて2人が出会ったのは彼がまだ3つの時だった。敷地の端まで歩いていくと、彼は一人の少女に出会ったー黒髪と琥珀色の瞳を持つ淋しげな顔立ちの少女。彼は知らぬ間にその少女をじっと見つめていた。その少女は視線を感じ、彼に気づいて言った。

 『あなた誰?なぜ私を見つめているの?』

ーそこでフェルディナンドも自分が何をしていたかやっと解った。

 『ごめんね』

彼は少女に言った。

 『君があまり綺麗だったから』

見とれた、と言いかけたがさすがにやめた。初対面の相手に見とれたはないだろう。だが少女は彼の言葉に笑い出した。

 『私が綺麗…?あなたずいぶん変わった感覚持ってるのね!』

そう言うと、少女は彼と逆方向の、深い林の方へ走って行った。その後、彼は母親と共に侯爵家の一員になり、その少女と再会する。

それがルドヴィカだった。

 最初の妻をなくしてから侯爵は新しく妻を迎えたが、2番目の妻には息子が一人いた。年は3つで、ルドヴィカより2つ下だった。侯爵本人が婿養子にと考えるほど気に入っていたので、2人は姉弟のように育てられた。

ーフェラン。フェルディナンド。この少年は侯爵家でそう呼ばれて育った。ルドヴィカも彼を愛称で呼んだ。一緒に成長していくうち自分の中にルドヴィカへ向けた特別な感情があることにフェルディナンドは気づいてしまった。そして彼はルドヴィカにその想いを伝えたー

 『一緒になりたい』

俺はルイーザがいい。ーその言葉を聞いて

ルドヴィカは固まった。

 『私と一緒に…?なぜそう思ったの?』

 『解らない。でも好きなんだ』

フェルディナンドは言った。

 『皇帝の娘婿になりたいの?』

 『そんなんじゃないけど…』

俺たち仲良くやってこれただろう?ーこれはフェルディナンドの抱く率直な思いだった。

 『お前となら何でもできる。俺にはそんな気がした。ーだから』

結婚してくれ。彼は幼馴染にそう言った。

 ルドヴィカはしばらく彼を見つめ、やっと口を開いた。

 『ー自分の時間なくなるわよ』

 『いいよ!』

 『好き嫌いできなくなるわよ』

 『いいよ!』 

 『表情隠さなきゃならなくなるわよ』

 『いいよ、それくらいは』

幼馴染の念押しに、フェルディナンドは全部可で答えてしまった。だが彼は何も後悔していなかった。一番気兼ねなく過ごせる相手を彼は見つけたからだ。ルドヴィカは息を詰め様子を見守っていたが、また言った。

 『…勢い良く答えてくれているけどあなたは本当にそれでいいの?窮屈感じないの?』 

 『感じないよ』

フェルディナンドは言った、

 『今までと同じにならないとしても、その分お前と一緒にいられるだろう?』

 一途に思いを訴えられ考え込んでしまったルドヴィカだが、それならと覚悟を決めて、

伯父に話をしてほしいとフェルディナンドに答えた。急いで執務室へ養父を探しに行ったフェルディナンドだったがー最後に幼馴染の言った一言を彼は聞いていなかった。返事に期待するな。ー承認が簡単にもらえると思うなとルドヴィカは言ったのだった。

 侯爵も跡取りにするつもりで自分の養子にしていたから、彼が自分の姪に惚れたことを知っても何も言わなかった。皇帝夫妻も都に呼び戻すより自由に過ごさせたかったので、義兄から話が来ると、結婚を認めてやろうと息子や娘を呼び話し合っていた。だが祖母の皇太后は二人の結婚を許さなかった。

 『何が良くて素性の知れない者を自分の娘と結婚させるのだえ?』

たとえ外戚の養子であっても、孫との結婚は認めない。ー皇太后の眼差しの険しさがその意思の堅さを示していた。その数カ月後にはルドヴィカの兄だった皇太子が死去し、後を追うように皇太后も年明けに息を引き取る。だが傍系親族も二人の結婚を許さなかった。

 『我々でなく外地の者を選ぶとは…』

口々にそう言った。それでもいつかは一緒になれる。フェルディナンドはその希望を胸にやって来た。それからもう5年は経つ。

 子供の頃を思い出していたーそれは決して嘘ではないが、何もいい意味で言ったのではなかった。忘れたい。忘れよう。思いながらできずについてきてしまった、そこから彼は自分の意思の弱いことに気付かされたのだ。ー俺のしていることに何の意味があるんだ?

フェルディナンドはずっと自分に問いかけていた。

 


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