ほころび
養父が死んだ。ーゴットフリートはそれを知って頭が真っ白になった。年はいっていたが、動きも物言いも若者のように活力を感じさせる人だった。病気がちだの、どこか体が悪いだの、そういう話は養父について一度も聞いていなかった。それなのに急に倒れたという。
使用人たちは何を恐れてか、自分から口を利こうとはしない。彼にも、彼の母親にも。彼らが口を利く相手といえば、死んだ養父やその孫娘くらいのもので、ゴットフリートにとっては加減が悪かった。城主の自分に誰も指示を聞きに来ないというその現状が。
母親の侯爵夫人は女官長をしている、そのため城にはほとんどいないから使用人たちと触れ合うこともない。だがゴットフリートはそうもいかなかった。領内を見回って税収の確認、さらには作物の出来具合など、細かく調べて報告しなければならない。そのため、使用人や女中を動かさないと城の管理に手が回らなかった。
「ー何が起きているんだ」
ゴットフリートは呟いた。俺のいない間に何があったんだ。ーあまりのことに彼はそう思わずにいられなかった。舞踏会へ参加した晩から、周囲の彼を見る眼は変わり始めた。
婚約者に親友、そして養父ー。皆から疑いの目を向けられるようになっていた。親友には婚約者を奪われ、知らない間に自分や母親の過去を調べ上げられーだがゴットフリートは疑われるだけのことをした記憶がない。その中で今度は養父の急死だ。
「⋯これは絶対おかしい」
彼は呟いた。ーこんなはずではなかった。
なぜだ。⋯父上が急に亡くなるなんてそんなことあるはずがない。母上はずっとご機嫌のようだが、いったいなぜなんだ。父上が亡くなったことをひょっとしてご存じないのか?
いやそれはありえないだろう。
ユーゼフの結婚式は3か月後には行われるらしい。以前ゴットフリートの婚約者だったルドヴィカを迎えてー彼女のことを思い出すとゴットフリートは胸が苦しくなった、そのため自分が喪中になるのはありがたいと彼は思ってしまった。
「まあいいか⋯」
ー彼は呟いた、
「殿下のお迎えは俺と決まっているわけではないのだし⋯」
しばらく登城は控えよう。そう考えて、彼は出仕記録係の方へ向かった。ー喪中になったから出仕は見送るしかなかった。今はむしろそれで助かるだろうー元婚約者の皇女と顔を合わせなくて済むだけでも。そう考えてみたゴットフリートだが、まだ気持ちがすっきりしないのだった。
「⋯それにしても」
ゴットフリートは考えあぐねている。
「なぜ殿下はご結婚を急がれるんだ?」
お父上がご健在なのだからそうお急ぎになることもないだろう。お母上もご病気がちではあるが、そこまでお体が弱いわけじゃない。
知り合われてからそう経たないのに3ヶ月もしたらご結婚?あまり早すぎるだろう。
結婚式までの日程が短いのは誤報だろうーそう、ゴットフリートは考えていた。だが、大公一家には急ぐ理由が十分あるのだった。