政略結婚
皇女の縁談がまとまった。隣国との和平合意に向け、両君主の息子と娘を結婚させるという形で。結婚の持参金は15万ドゥカート、贈答品はその20倍の三百万ドゥカートにまで上った(日本円と換算して、1ドゥカート約2万5000円)。
和平のためではあったが、当事者の意思を尊重し婚約後1年の猶予期間がつけられた。そのうえで、1年経って結婚の意志が変わらないならそのまま結婚させようという話になっていた。
国境の町で婚約式を行い、その後1年皇女は婚約者の国で暮らすのだった。
付き添いは双方の国からそれぞれ二人選ばれ、公子の学友から迎え側に二人皇女の親族から送り側に二人、護衛の先陣につくことになった。だが肝心の皇女が縁談に乗り気でなかった。その理由はただ1つー結婚相手が決まっていたからだ。
近隣諸国を招いて皇帝の開いた親善舞踏会。そこに和平の交渉相手だった
隣国スタンハウゼンから公子が親友とやって来ていた。そこで公子は自分の恋人と顔を合わせたのだが、その心を完全にはつかめず、皇女の方はずっと硬い表情のままだった。ー舞踏会の間その表情を眺めていた公子は、人生をこの女性と過ごすことに何やら不安を感じ始めた。その時、彼の耳に親友の笑い声が聞こえてきたのだった。
「あまりお好きでないと伺っておりましたが、殿下も慣れていらっしゃるのですね」
相手女性をリードしながら話しかける青年の声。殿下と呼んでいることからして、彼のパートナーはどこかの国の王女だろう。
「私が?ーとんでもない」
「...すると、今回お出ましになったのには何か理由があったのですか?」
好きでもない舞踏会に顔を出したのはなぜか、という問いかけだ。
「理由?もちろんありますわ」
考え深そうに言う女性。彼女に青年は少しためらいながら尋ねた。
「よろしければその理由を伺っても構いませんか?」
「そうねー」
青年の問いかけに、女性は間をおいてからこう答えた。
「姉のお友だちが見えるそうなのでさわりだけでもと思って」
「そういうことでございましたかーそれでしたら殿下としても参加なさるしかありませんね」
「そうでしょう?大事な時に限って行事が重なるんですもの。動き辛くて仕方ないわ!」
「お察しいたします」
女性に同感の意を示しながら彼は話を続けた、
「そうしましたら、舞踏会の稽古はどうお進めになったのですか?」
「これはね...父に頼み込んで教師をつけてもらったのよ」
「おや」
ー青年は眉を潜めた。
「辺境伯のところには、殿下と年の近いご子息が一人いらっしゃるのではありませんか。彼にはこ相談なさったのですか?」
「断られました。馬を乗り回すしか興味のない女と一緒に踊る気はない、ですって!自分だって銃の世話をすることしか頭にないくせに」
その言葉に青年も吹き出した。
「銃よりは馬の方がまだ友達にする甲斐もありそうですが、まさかここでその対比が出てくるとは」
「国境守備の最前線だから、武器が主になってしまっても仕方ないのかもしれないけどね」
「...そうですね」
そこで話は終わった。
公子はずっと二人を眺めていたが、楽しそうだ、会話上手なのだ、というくらいしか思っていなかった。ただ、親友が結婚を決めたことだけは、彼も聞いて知っていた。その相手が誰かはまだ知らなかったがーそれでも親友に紹介してくれとせがむまではいかないのだった。
一曲踊り終わると公子は親友に話しかけた。
「ずいぶん楽しそうだったねー君が舞踏会に出てくるというのも珍しいと思ってはいたけれど」
今日は知り合いが多く出ているのか?
ー公子はそう言った。
「ーそういったところです」
「先程一緒に踊っていた女性も知り合いの一人なのかな?そうすると」
「ええ。ただ...」
それほど顔見知りでない相手と組んで踊る趣味はありません。ー青年がそう言うので、公子もほう?とうなずいてみせた。
「そういえば、来年あたり結婚するそうだが、準備は大丈夫なのか?付き合ってもらえるのはありがたいが」
君が今日ここに来ることは話してあるのか?ー公子が尋ねると、青年は
「ご心配痛み入ります」
と言ってから少し考える風を見せた。
「彼女も今日参加しているのでー。何でしたらご紹介しましょうか?」
「今?...」
紹介すると言われて公子は戸惑った。それでは心の準備ができない。ーそう感じて彼はとっさに断ってしまった。
「せっかくだが今はいいー後でまた紹介してもらえるだろう?」
「もうしばらく会いません」
日取りも指輪も決まったので次は式の当日になりますが、当日殿下にご対面頂く形で構いませんか?ー親友にそう言われ、公子も仕方なくうなずいた。
問題ない、まさかここの皇女と一緒になるわけではないだろうから。公子はそう考えていた。
彼には腹違いの兄が一人いた、だがそれは大公と取り上げた産婆しか知らなかった。その後、大公の正妻として隣国から王女が輿入れしたため、正妻の目から隠そうと大公は恋人をよそへ移した。その後も大公は彼女のもとへ通い続けた。だが愛人に子を産ませたことは、正妻にも正妻の産んだ子にも話すことがなかった。
舞踏会の後、公子はいくらか手紙を送り皇女とやり取りした。その文字はいくらか見覚えあるものだったが彼はあまり気に留めなかった。だが皇女の方は前にもやり取りしたことがあると文字を見て解った。その後、宮殿ではこういう会話が交わされた。
「私が公子のもとに嫁ぐのですかー殿下は姉の交際相手だとおっしゃっていたではありませんか」
「その殿下が、そなたを妻にほしいと直筆で信書を寄越したのだ」
「考えられないわ。...殿下から頂くお手紙はどれも代筆だったのに」
「...下書きした文書を間違ってそのまま送ったのではなくて?」
「自分の思いを綴るのに、わざわざ人に書かせる必要があるのですか?」
ー笑顔に惹かれ文通を始めたら相手はすべて代筆で済ませてきた、さらには姉に彼の好意が向けられていたという事実。それで皇女も他の相手と交際を始めたのだが、自分を振った相手から求婚されるなど、誰が考えられよう。
冗談だろうと思い、お気持ちだけは頂戴しますと返事したら、どうしても自分の妻になってくれと公子は書いてきた。仕方なく皇女は姉にその手紙を見せたがー
「何あの人?⋯ルイーザの方をお妃候補に指名したというの?」
ルイーザは下の皇女の呼び名。本当はルドヴィカというのだが、家族などの近親者ー侍女たちを含むーは、彼女をルイーザと呼んでいる。
「なぜマルガに書かないのかしら」
ルドヴィカは姉に言った。ーマルガもおかしいわねと言いながら公子からの手紙に目を通した。マルガというのもマルゲリータを短縮したもので、これまた通称だった。
「これは立派な〘心変わり〙よね」
ー姉妹は手紙を見てうなずき合った、そしてしばらくするとマルゲリータは両親に言った。
「私が公国に行くわ」
自分が公子の妃になるということだ。
もともと自分の交際相手だから嫁いでおかしくないと。
「⋯そうするか」
皇帝もその意志を受け入れ、上の娘を妃として嫁がせることにした。そして彼らは準備を始めたが、送り出す側の帝国重臣ー摂政大公以下、朝廷に顔を出す有力貴族ーは、誰が妃となるのか公国へは伝えないことにした。
政略結婚ではあったが見合い式でもあったので、自分が嫁ぐことを公子に伝えるようにマルゲリータは父親から言われていた。だが本人はそれを拒み何も公子には伝えなかった。誰が妃になるかは当日のお楽しみということにして。
「ーこれくらい大丈夫よね」
マルゲリータはそう言ったが、一方のルドヴィカは公子をよく知らないので返事のしようがなかった。
「あなたがそう思うならいいのではなくて?」
結局マルゲリータは自分の考えを押し通した。だが、迎え入れる側では別の動きが始まっていて、彼女がその国へ入るわけには行かなくなった。
ブックマークつけてくださった方へー
本文を少し修正しました。
…筋書きを変えたので、新しい方に合わせて。
どこを修正したかは言えませんー。よかったら探してみてください。