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8 ひとつ頼まれてくれる?

「はい、オーキッド公爵の姪に当たりますの。ローズとお呼びください」


 そう言ってにっこりと微笑むローズを見たシアンの印象は『無』。

 親戚が高位貴族だから名を呼べとは全く意味がわからないが、自分に名を呼んで欲しいと言ってくる令嬢は少なくはない。

 将来義姉になるクラレットならともかく、キャナリィ以外の令嬢の名を呼ぶ気など更々ないシアンは、聞かなかったことにして話を進めることにした。


()()()()()()()()()、私に何か?」


 普段ならこの手合いの相手をしたりはしない。軽くあしらって終えるのだが、シアンはローズがロベリーに侍っている令嬢の中の一人であることを把握している。何のために自分に声を掛けてきたのか、その目的を知るためシアンは少し相手をすることにした。


「シ・・・フロスティ様はあの噂を聞かれたのですか?」


 今、許可もなく私の名を呼ぼうとしたのか?

 流石に堪えたようだが、シアンの名を呼ぶことを許されている令嬢は彼が名を呼ぶ者と同じく愛すべきキャナと、義姉のクラレットのみだ。

 咄嗟に出そうになったということは、口にはしなかったが普段は自分の名を呼んでいるということだ。沸き起こる不快感を表に出すことなく、シアンはローズを観察した。


 その様子は端から見ると何かに焦っているように見えた。

 ロベリーに侍っていることから単純にロベリーに憧れているのだと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。

 隣国では学園入学時にほとんどの子女が婚約を果たしていたが、この国ではそうではない。

 フロスティ家のように相手が誰でも良いわけではない高位貴族は先に婚約者を決める必要があるが、伯爵家程度であればそう焦ることではないはずだ。

 しかし他人に言われるならまだしも自身を「公爵の姪」などと愉快な自己紹介をするあたり、浅はかな考えが見てとれる。

 ここは特別クラス。遡れば王家や公爵家の血を引く者が揃っている。珍しくもなんともない。


「あの噂とは?」


 不快感から早くローズの意図を知ろうと、話を先に進める。


「フロスティ様が不在の間、ウィスタリア侯爵令嬢がロベリー様と二人でお出掛けされた、と言う噂ですわ」


 あぁ、アレか。噂というか事実だろう。


「確かにそういう噂があるようだね」


「そ、そのように軽く考えて宜しいのですか?フロスティ様不在の間、お買い物やお茶会で頻繁に二人きりで過ごされているのは事実ですわ。

 私、その様なことはやめた方がと進言させていただいたのですが、私にロベリー様のことは諦めろとおっしゃられるだけで──」


 ローズは目を伏せ、力及ばず申し訳ありません──そう続ける。

 その計算された安い芝居のような仕草に、彼女の何がその自信に繋がっているのかわからないと、シアンは思った。

 この程度なのに公爵家の親戚であることで優越感に浸りたいのであれば伯爵以下の家に嫁ぐ他ないだろう。


「私が居る時は私がキャナを離さないからね。私が留守にしている時位しか隙はないだろう」


 クラレットというライバルがいるだろうけど・・・そう思ってクスリと笑うシアンを目の当たりにし、ローズは頬を染めた。


「お許しになられるのですか?」


「そういう問題ではないんだよ」


 シアンがそういうと、今のやり取りで何をどう勘違いしたのか、ローズはこう言った。


「今のウィスタリア様はフロスティ様とロベリー様を両天秤にかけているようにしか思えませんわ。そのような方、次期公爵夫人に相応しいとは思えません。

 私、フロスティ様に協力致します」


 伯爵令嬢ごときに愛するキャナリィをそのように言われたシアンの心の中ではブリザードが吹き荒れていたが、それを表に出すことはない。その様な教育を受けているのは何も令嬢だけではないのだ。


 なんとこの伯爵令嬢はロベリーだけでなく自分との未来も視野に入れているらしい。馬鹿にするにもほどがある。

 生憎シアンはキャナリィを深く愛している。シアンの前で言外にキャナリィに勝てると言い放つ令嬢が許せるはずもない。


 この不快な存在をどうしてやろうか──そう思ったシアンは気付く。

 そうか、兄さんはこんな気持ちだったのか。前年度のパーティーでは兄の行為をやり過ぎだと思ったが、あの程度で済ませた兄はキャナリィ同様優しすぎたようだ。


 この令嬢を排除するのは簡単だが──少し考えてシアンは令嬢にチャンスを与えることにした。


「では、ひとつ頼まれてくれる?」


 蕩けるような笑顔で頷くローズにシアンは魅力的な笑み(作った笑顔)を浮かべローズに言った。


「特別クラスの生徒しか知り得ない事が一般クラスに噂として広まっているんだよ。

 おそらくロベリーの周囲にいる令嬢の()()が流しているのだと私は思っている。

 それが誰か突き止めて注意をしておいてくれないかな?」


 噂の出所など、とうの昔に掴んでいる。

 この警告に気付けないようなら、貴族社会で生きていくのは無理だ。令嬢が勝手に潰れるか、公爵家が痛手を受けた後に元公爵辺りが出遅れて手を打つのだろう。どちらにしろ私の手を汚すまでも無い。


 シアンは「報告は要らないよ」と言うと、ローズを残しその場を後にした。

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