5 私を誘っていただければ良かったのに
「やぁ、キャナリィ嬢。お付き合いありがとう」
迎えに来た馬車に侍女と護衛と共に乗り込む。
まだこの国に来て日の浅いロベリーはどうやらこの国の気候と流行りに合った服が欲しいらしい。隣国やロベリーの祖国に比べこの国はかなり温暖な気候だから当然といえば当然か。
ロベリーは秘密厳守──末端の従業員に至るまで口が堅く、秘密を厳守出来る商会を探しているらしかった。
そしてロベリー自身が信頼しているシアンのフロスティ公爵家やその婚約者であるキャナリィのウィスタリア侯爵家の者が常日頃から利用している商会であれば、口も堅く信頼できるのではないかと思い至り、その両方を知る人物となると・・・
──キャナリィはロベリーが本当に自分を「必要」としていたことを正直意外に思った。
でも、それならば紹介状だけで良かったのでは?とも思ったが、はじめての国だ。友人と街に出てみたかったのかもしれないと、思い直すことにした。
紹介状は私、散策はいつも侍らしている令嬢に・・・とも思ったが、ローズの顔が浮かびそちらの方が面倒な事になる予感がしたので何も言わないことにした。
「こちらですわ」
到着したのは貴族街の中でも最も栄えている場所に店を構える商会だ。
当主自ら調査・面接をし、その人となりを見て採用した優秀で信頼のおける従業員が揃っている。
店には既に先触れを出していたため、キャナリィは侍女の手を借り馬車を降りるとそのまま店の門をくぐった。
久しぶりに店に足を運んだキャナリィを記憶より少し年を取った支配人が迎えてくれた。
「こちらの方の採寸を頼めるかしら」
支配人はキャナリィが同伴した人物を見ても表情ひとつ動かさず軽く微笑むと、
「ではカーマイン様はこちらへ。ご案内致します」
そう言って頭を下げた。
それを合図に女性の従業員が個室へと先導する。
「ありがとう。よろしく頼むよ」
採寸のため個室へと向かうロベリーを見送ったキャナリィは、支配人にとある依頼をすることにした。
その頃ローズは、自身がいつの間にか自室いることに気付いた。
「──で、シアン様はあなたに名を呼ぶことをいつお許しになったのかしら?」
そう言われて、いつも心の中で彼をそう呼んでいたことに気付かされた。
しかし、他の令嬢に婚約者を名で呼ばれることほど不快なことはない。そして令嬢の前でその婚約者の名を呼ぶことは淑女としてはしたなく、恥ずべき行為だ。
淑女として公爵家の血統に恥じぬよう過ごしてきた自分の醜態にショックを受け、あの後からの記憶が曖昧だった。
詫びたのかすら、覚えていない。
しかし、言ったことは間違ってはいないと思っている。
令嬢が令息と二人で出掛ける等咎められてもおかしくない行為だ。婚約者がいるのなら、尚のこと。
そのような令嬢がシアン様の妻に相応しい筈はない。
そして、あの平民の女生徒の件だ。当の平民は五体満足で生活していると聞いた。女生徒の実家が営む商会も、細々とではあるが商いを続けているらしい。
ウィスタリア侯爵令嬢──平民にすら優しいのは美徳かもしれないが、そんなことでは高位貴族の夫人は無理だ。
会場を立ち去った後の顛末を見ていないローズはそこに至った経緯を噂でしか知らない。
あの場に最後までいたのならば、噂を鵜呑みにせずとも見聞きした事実だけが全てと思い確認を怠ることの危険性を知れていたのだから。
「ロベリー様も私を誘っていただければ良かったのに・・・」
──どこまでもお供しますのに。例え、あなたの祖国でも。
若しくはキャナリィがロベリーと結ばれると言うのであれば、私はシアン様の元に──。
どちらに転んでも次期公爵夫人の席が空く。
どちらにしろキャナリィは既にいくつもの軽率な行動を取っている。
このままいけばシアンがいくらキャナリィを望もうとも、フロスティ公爵家から見限られることもあり得る。
あの平民の様に冤罪をかけるなど汚く、リスクの高い手段はとらない。
まずは情報戦──貴族社会では噂を制した方が勝ち。
しかも最も人数の多いピラミッドの下層。
それから暫くして、キャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢が婚約者不在の折り、男性と二人きりでテーブルを囲んだり、出掛けたりしているとの噂が多数の新入生を迎えた一般クラスを中心に流れた。