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2 美しい留学生

 父と母は自分たちが恋愛結婚だったことから子供(ローズ)たちに政略結婚を望んでいなかった。

 美しい両親に似たローズには同じ伯爵家や裕福な子爵家から釣書も届いていたが、そう言う理由からお断りさせて頂いていた。そのためこの年齢になってもローズに婚約者はいない。

 しかしそれは珍しいことでは無いため、あまり気にすることは無かった。

 婚約者のいない高位貴族の令息はまだいたし、政略の必要の無い貴族家の子女が学園で出会い婚約をすることはよくある話だったから。


 聞くところによると彼──シアン・フロスティ侯爵令息は隣国留学中一度も婚約者に会いに来ることは無く、先日のパーティーが二年ぶりの逢瀬だったという。

 政略で婚約したのならばよく聞く話だがフロスティ公爵家とウィスタリア侯爵家で提携している事業の話など聞いたことは無い。

 ならば次期公爵夫人を問題なく務められること──十分な教育を受け、身分の釣り合う()()の令嬢が選ばれたと考えるのがしっくりくる。


(不仲・・・なのかしら)


 ならば私だって前公爵の孫、現公爵の姪だ。息子しかいない伯父が同じ公爵の跡取り息子(シアン)に姪であるローズを紹介してくれても良かったのでは無いか。

 両親も自分たちが恋愛結婚だったからといって娘にそれを押しつけることは無かったのではないか──等とローズは春休暇の間、ずっと見当違いのことを考えていた。






 この学園には王都に住まう貴族の子女と共に少数の平民も通っている。

 平民とはいえ、裕福な商人の子女が貴族との関わり方や礼儀作法を学び顔繋ぎをするために先行投資として高額な授業料を支払い通ったり、勉学で優秀な者や騎士の素質を認められた一部の者が貴族の推薦で入学したりするものであり、誰にでも門戸を開いているわけではない。

 下位貴族の子女は在学中に将来の片腕となる者、護衛騎士や文官、侍女など家で雇うものを見定めたり、将来商会を継ぐ者等を見定めたりする。勿論その生徒を推薦した者はその貴族家と縁が出来ることになる──とまぁ、様々な思惑もあり現在の体制となっている。

 そんな下位貴族と平民の通う一般クラスと、一般クラスに通う者たちと接触する必要のない高位貴族が通う特別クラスは校舎も敷地も分かれている。


 新年度。

 特別クラスと一般クラスの馬車止めは、別の場所にあるが、立地の関係から隣接している。そのため特別クラスの生徒がその敷地に入るまでの様子は一般クラスの生徒からも見える仕様になっていた。

 ローズは御者の手を借り、学園に降り立つ。馬車から降りるこの瞬間に向けられる一般クラスの生徒からの無作法な視線にもやっと慣れた。

 途中友人に会ったため立ち止まり挨拶をしていると、辺りが黄色い喧騒に包まれた。

 見るとシアンのエスコートでキャナリィが降り立つところだった。

 前年度の卒業後の祝賀パーティーでの二人を見ていた令息令嬢は、その仲睦まじい様子を少し離れた場所から見守っていた。

 政略が多い貴族の婚約・婚姻ではあるが、仲良く過ごせるに越したことはない。婚約者に対しそんな想いを抱く者の中に、このカップルに憧れる者は多い。

 

──悔しいが、ローズの目には二人が不仲には見えなかった。


 それもそのはず。二人は幼い頃から相思相愛であったが当時キャナリィは当主候補(シアンの兄)の婚約者だった。それをシアンの兄(ジェード)の企みとシアンの努力で覆し、シアンは公爵家後継の座を手にし無事キャナリィの婚約者となったのだから。


 そんな二人に後続の馬車から降り立った生徒が近寄り、声を掛けた。


「フロスティ!」

「カーマイン?」


 シアンのことを親しげに家名で呼ぶその生徒は長い髪を首の後ろで一つに結い、特別クラスの制服である白のジャケットに黒のスラックスを合わせた格好をしていた。華美では無いもののその生地と仕立てを見れば一目で高級品であることが分かる。しかもその(かんばせ)の中性的な造形の美しさに、きちんと教育を受けているはずの貴族令嬢達ですら黄色い声を上げた。


 馬車から降りたばかりで、まだ「カーマイン」と呼ばれた人物に背を向けていたキャナリィは振り返ると、不思議そうに首を傾げた──といっても淑女として、次期公爵夫人として感情を表に出さぬよう教育されているためそれを悟られることはない。


「久しぶりだね、でもなぜ君がここに?」


 心底驚いた様子のシアンがそう尋ねると、


「私は公爵家の方針で一年ごとに三つの学園──言語の異なる三つの国で学ばなければならないんだよ。その二か国目がこの国と言うわけさ」


 自分もどの国になるのかはギリギリまで聞かされていなかったから、驚かせて済まなかったねと、カーマインは軽く肩を竦めてそう言った。

 そこで一歩引いて二人のやり取りを見守っていたキャナリィにシアンが告げた。


「キャナには話したことがあるよね。カーマインも他国から隣国に留学していてね、同じ公爵家出身で嫡子という縁で知り合ったんだ。キャナと同い年だよ」


「そうですのね。私、キャナリィ・ウィスタリアと申します」


 春休暇の間、シアンとは頻繁に会ってお互い不在の二年間をどう過ごしたか語りあった。

 シアンは二年間でキャナリィの元へ戻るため、授業と別に、隣国でしか学べない三年次で学ぶべき科目の修得や、学園での高位貴族の令息令嬢との交流──と言ってもお茶会やパーティーなどではなく、領地でよくある問題の解決や商会の運営、領地経営をテーマにディスカッションをして長期休暇を過ごしていたらしい。

 その中に公爵家の生徒が何人かおり、シアンと同じく他国から留学中の公爵家子女であるカーマインの話も聞き及んでいた。


 周囲にいた者たちは無作法ではあるが好奇心には勝てず、その会話の一部始終に耳を澄まして聞いていた。

 ローズもその中の一人だ。


(素敵!しかも公爵家の嫡子──私に()()()殿方だわ)


 ローズの中に新たな感情が芽生えた。


「君がフロスティの婚約者の令嬢だね。噂は聞いていたよ。

 同じ二年生なんだ。私のことは()()()()と呼んで欲しいな」


 キャナリィが挨拶をすると、カーマインと呼ばれた人物は軽く微笑み公衆の面前でキャナリーにそう言った。

 婚約者(シアン)の前で初対面の令嬢に名を呼んで欲しいなど、いや、婚約者の前で無くとも言ってはいけないことである。

 親類、家族以外の名を呼ぶということは、そして呼んで欲しいと願うということは、その相手が『特別』であると言っていることと同義だ。

 カーマインの出身国での常識は分からないが、留学してきた以上はその国の貴族社会を前もって学び、そのルールに従うべきである。

 シアンは何を思ってか、カーマインを咎めること無くキャナリィを見守ることにしたようで言葉を発することは無い。

 様子を伺っていたローズは勿論、周囲の令息令嬢が非常識なその申し出に息を飲み、キャナリィの返事に耳を傾けていた。

 キャナリィは一旦視線を落とすと衆目の中、その申し出に是と答えた。


「分かりましたわ。それがあなたの望みであるのであれば。私のことはキャナリィとお呼び下さい」


 ローズは驚きのあまり、得も言われぬ黒い感情が自身の中に生まれたことに気付かなかった。

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