15 ロベリーの真実
「あなたは彼女について行って頂戴」
ローズはキャナリィに言われるがまま、女性の給仕に先導され、大人しく会場を後にした。
恥ずかしくてあのまま会場に留まるなど、とても出来なかったからだ。
会場を去る際、何故かキャナリィに「あなたには申し訳ないと思っているわ」と言われた。
通された部屋で、一人出されたお茶を飲みながら座っていると、次第に気持ちが落ち着いてきた。そのような効果のある飲み物なのかもしれない。
「女性・・・」
落ち着いて考えると見えてくるものがある。
そういえばフロスティ様やウィスタリア様は一度もロベリー様のことを公爵令息と呼んだことがなかった気がする。
令嬢が婚約者のいる身で隠れもせず他の男性と二人きりで過ごすことなどあり得ないこと。
フロスティ様がロベリー様とのお茶会に必ずウィスタリア様を同伴するのは、フロスティ様こそがロベリー様と二人きりにならない為だったのか。
そしてフロスティ様が言った「そういう問題ではないんだよ」──。確かに許す許さないという問題では無かった。ただ、女性同士でお茶を飲み、買い物をしただけだもの──。
私はカーマイン公爵家の長女として生まれた。
元々母は体が弱かったため、結婚前より出産は難しいと言われていたらしい。しかし父を愛する母がどうしてもと子供を欲したため私が誕生することになった。
私の祖国では直系ならば性別や生まれた順番関係なく、当主が指名したものが跡を継ぐ事が出来る。
幸い出産で体調を崩すことも無かった母だが、心配した父がそれ以上子供を望まなかったので、必然的に私が後継となった。
両親は美男美女ではあったが、私は儚げな美しさを持つ母には似ず、中性的な美しさを持つ父に似てしまった。
それでも母のような女性になりたいと憧れ、目標にし、日々次期公爵として研鑽を積みながらも淑女としての学びも怠らなかった。
しかし父に似たのは容姿だけでは無かった。成長するにつれ背が伸び、友人の令嬢より頭ひとつ分高くなってしまったのだ。話し方も、父や父の側近と共に過ごすことが多く、令嬢にはあまり相応しくないものとなってしまった。
それでも母を目標に、流行りの可愛らしいドレスを身につけ社交に出る。
「似合っていない」
そんなことは分かっている。
だから、どうすれば可愛らしいドレスを着こなせるのかを考え、少しでも小柄に見えるようドレスの中で膝を曲げてみたり背を丸めてみたり──そんな風に日々を過ごしていた私は社交自体が苦痛になり、家に引きこもるようになっていった。
どのみち近い内に留学しこの国を旅立つことになる。無理に令嬢の中に溶け込む必要もないのだ。
「──そうなんだ。家の方針でね。だから少なくとも祖国と我が国の言語の二カ国語に精通していることが条件になる」
キャナリィとのランチの折りに話したことは事実だ。
公爵家の後継はある程度の知識を家庭教師から学ぶと、三年間当主と相談して決めた三つの国へ留学して過ごすこととされている。
だがその目的は公爵家の事業の為に他国での生活を知ることや学んだ言語をより完璧なものにすることなどであり、婚約者探しはついでだ。
本国で生活するには言葉が話せることが望ましいので他国の者を迎えるのであれば、その者の祖国の言葉と本国の言葉──二カ国語を習得していることが望ましい。ただそれだけのこと。
そもそも当主自身が語学堪能であれば、伴侶は当主の愛する者を迎えることが出来るため、留学中に伴侶を探すことは必須ではない。
父が自国の身体の弱い母を娶ることが出来たのはこのためだ──と言うより、歴代の当主はそのために幼い頃から何カ国語も学ぶのだ。
ただ、嘘をついたこともある。──ひとつは本来ならこの国への留学予定などなかったこと。
直前まで留学先がわからないなどあり得ない。前もって留学先の常識やマナーを覚える必要があるからだ。──勿論その国の気候にあった服の準備も。
私は一年目の留学先に決まった学園が自由な校風で指定の制服が無いのを良いことに男装をすることにした。
男性の衣装を身につけることでコンプレックスだった容姿も身長も気にすることなく有意義に過ごすことができた。
しかし、有意義に過ごせたのはコンプレックスから解放されたからだけではない。
学園には各国から優秀な人材が集まっており、留学生とその国出身の優秀な学生を集めた交流会が行われていた。
そこに参加している者には、外見や性別を気にしたり、話題にしたりする者はいなかった。
──そのような人達と関われたことが大きかったと思う。
そしてその集まりの中心人物がシアン・フロスティ公爵令息だった。
彼は学園生活最後の一年を婚約者と過ごすため、長期休暇返上でこの学園の三年分の課程を二年で履修するのだという。
いくら彼が優秀とはいえ、正気の沙汰ではない──と誰もが思ったそうだが有言実行を果たす彼の回りには次第に人が集まっていったらしい。
そんな彼とは同じ留学生で公爵家の後継ということでよく話すようになった。
中でも婚約者の令嬢について話す彼の笑顔は普段の彼からは想像もできないほど甘いものだったから印象に残っている。
そんな彼を見ていると、いつの間にかある願いが、希望が私の中で生まれていた。
キャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢に会ってみたい──。
このままの姿で三年間を過ごすわけにはいかない。
何故なら本国に心惹かれる者がいない以上、婚約者探しもこの留学中に行うべきことであるのだから。
母の様な淑女になることは諦めてしまったけれど、あのフロスティ公爵令息が心を預ける令嬢のそばで過ごせば、私にも何か得るものがあるのかも知れない。
フロスティ公爵令息の帰国が決まった頃、私は急ぎ公爵家へ手紙を書いた。
一ヵ月でも、二ヶ月でも良いから、フロスティ公爵令息の通う学園へ留学したいと。
二人の一年の逢瀬を邪魔するつもりはないけれど、少しの間だけ見逃して欲しい。
結果焦りすぎてキャナリィとは距離を詰めすぎてしまい、自分の行動が他者からどのように見えているのか失念してしまった。
ましてや隣国での交流会同様色々話せる友人が出来たと思っていた私は、自分に恋をする令嬢がいるなど思ってもみなかったのだ。
キャナリィを観察し、知ることが出来たら私も変われるかもしれない──その時はその考えでいっぱいいっぱいだったんだ。




